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名前を付けなくても、不安定な堤防の上を歩くようにあやふやでも、それでもいいと思っていたから。ゆらゆらとたなびく蜃気楼のような関係が、こわいくらい、心地よかったから。

「私はこれから辰也と、もっとたくさんいろんなことができると思っていたの」
「…なまえ?急にどうしたんだい」
「それだけだよ」
「…」
「それだけだったの」

言い終わると、まるで待っていたかのように一粒だけ、涙が出た。きっと辰也は気付いていない。ぽたりと零れた大粒の雫が、正座した膝の上に置いた、綿のトートバックに吸い込まれていく。もしこれが、エナメルのポシェットなら。革でできた学生鞄なら。きっとこの雫はつるるとその表面を流れるだけで、染み込みもせずに落ちていくだろう。それは私と、そして彼の関係によく似ていた。そうか、ねえ辰也、私。私ね。

私には辰也だけだったの。だけど、それは私だけで、辰也には私だけではなかったね。私には綿のカバンしか選ぶことができなかった。だけど辰也は、違ったんだと思うの。
たくさんの、いろんなカバンが、辰也の前には広がっている。それはたとえば、なんだろう、未来とか、そういう言葉で表せるのかもしれないね。だからそれが私じゃなくても、多分。辰也は満足するし、幸せな気分にも浸れるし、笑顔にもなるだろう。ただ私が綿のトートを持っていて、それがたまたま涙を染み込ませる材質だったように。奇跡に近い確立を、私は今まで能天気に甘受し続けていた。それだけの話だったの。そしてそれに、私は気付いてしまったの。

私の王子様は最初から辰也一人だったけど、辰也のたった一人のお姫様に、私はなれない。

そうかあと、なんでか納得した。息をひそめた呼吸のようなため息が零れた。するとなんでか何粒も何粒もたくさんの雫が目から落ちていく。自然落下は止められない。意味が分からなかった。意味が分からなかったから、無視をした。辰也が不思議そうな顔をする。相変わらず、綺麗な顔だなあと思った。黒目がちな瞳がくるくると動く。「どうして泣いてるの」さあ、どうしてだろう。わからないや。



残酷な
















(120930)