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宮地くん、コンビニ行かない?そう声を掛けられたから、やたらわあわあと五月蠅いそのワンルームを抜けることにした。オレとみょうじの背中に、酒に呑まれた友人たちがどこ行くんだよと投げかける。てめーらを正気に戻すためにアクエリ買ってくんだよ!と振り返って言うと、すでに話題は別のことに移っていたらしく無視された。端っこで潰れているやつを介抱しているやつが、「あ、なまえー!チータラ追加でー!」とそう言った。大学生にもなれば飲み会での粗相は日常茶飯事で、それらの対処にはみんなすっかり慣れっこなのだ。手ぇ出すなよ!靴を履いて玄関を出ようとノブを回したとき、部屋の方から聞こえたその声に、無償に何かを投げたいのをぐっとこらえた。オレも大人になったもんだと、思う。
「着いてきてくれてありがとー」
「別に。ってーか、名指しで指名されて断るわけにもいかねーし」
「うっわ、言い方雑。…と言いたいところだけど、ごめん。私も手ぇ空いてそうなの宮地くんしか見つけられなかったから声かけたんだけど」
「お前も大概じゃねーか」
「だって危ないじゃない、ミヨちゃん潰れちゃうし」
「そんなんあいつらなんかいつもあんなんじゃねーか」
「そうだけど万が一ってことがあるじゃん」
「そうだけどよー、あー…まあ、いいわ」
みょうじがそういうタイプの人間だったことを思い出す。自分のことなど、取り立てて前に出て話すことはしないが自分の中ではしっかり信念を持っている、そういう種類の人間だ。普段が他人に左右されているように見える分、その信念への執着というか、頑固さは目を見張るものがある。オレは一度だけ前にそれを目の当たりにしていた。
「私、コンビニ行こうとか声かけたけどさ。実はあんまり宮地くんとは一対一でお話したことなかったね」
「そういえばそうだな」
「不思議。おんなじ集団にいるのに、そんで、二年とか経ってんのにね」
「まあ、そんなもんじゃね?ミヨみたいにわーきゃー喋る女でもなきゃ男とだって深い話するタイミングねえじゃん」
「そんなもんだよねー。ミヨちゃん、いい子だよね。面白いし優しいしかわいいし」
「まあ喋りやすいけどなあ…オレとおんなじで、バカだし」
「成績だけが人を語るんじゃないよ」
「成績以外もあいつはバカだろ」
「そーかなー。ふふっ、変な感じ。私たち、二人で喋ってるのに結局違う人のこと話してる。おかしいね」
「…もうコンビニつくな」
「そうだね。えーっと、アクエリとチータラだっけ?」
「あと適当に水とかソフトドリンク系と…あとカップ麺買ってくか」
「わあ、宮地くん、冴えてる!カップ麺ナイスチョイスだね」
「だろー」
「酒飲んで夜中に食べるカップ麺ってなんであんなおいしいんだろ」
「今世紀最大の謎だな」
「言い過ぎでしょ」
「そこは乗れよ」
コンビニに適当に頼まれたものと、それからカップ麺とお菓子をいれる。二人で食べようか、秘密だよなんて言うみょうじの言葉でアイスも追加された。袋は結局二つになり、みょうじが私も持つよと言った。もちろん重い方をオレが持つ。みょうじは軽い袋をゆらゆら揺らした。がしゅ、とビニールが擦れる音がする。コンビニを出ると、背後からのありがとうございましたという声とともに、むあっとした熱気と鉢合わせすることになった。帰り道は依然として暗い。高校のときは何をしていたのか、なんてあまりにも今更の話題で、会話はそこそこ盛り上がった。ふいにアイスの棒を加えたみょうじが、上を見上げる。アイスの棒を口から取り出して、そのままその手で上空を指差す。
「あー、見て。空。月おっきいよ」
「ホントだ。明るいな」
「ねー」
「月、綺麗だな」
「…」
「…え、なんで沈黙」
「告白されてしまったよ」
「…は?してねーよ意味わかんねえ」
「もーう、宮地くん本読まないの?夏目漱石って知ってるでしょ?」
「あー、なんか高3のとき授業でやった気がする…ええっと、なんとなくわかる」
「その、漱石先生がですね、アイラブユーを日本語に訳した最初のお方なんですよ」
「へー、そうなの。…は?で、それが月と何の関係があんだよ」
「それが、普通に愛してるって訳したんじゃないからミソなんじゃない」
「なんだそれ」
「月が綺麗ですね」
「は」
「月が綺麗ですねって、訳したんだよ」
「…」
「…無言で赤くなんの止めてくんない?」
「あー、まじうぜえ、リア充ごっこなら余所でやってくれ」
「いやいやそこまで私も自意識過剰じゃないよ」
「あー…バカで悪ぃな」
がしゅ、オレの持つビニール袋が音を立てた。
「だって宮地くん、バカじゃないじゃん」
「んなことねーよ」
「そーなの」
「そーなの」
「私が言うから間違いない」
「…みょうじって意外と自信家なんだな」
「そうかな?はは、意外とは。私、そんなに謙虚な子に見えてた?」
ふふふ、と笑う。みょうじの顔はこちらを向かないので笑い声だけが聞こえた。見えてましたとも。そう言外で呟く。変質していく何かは、視界のうちに入ってこない。不可視のものらしい。
「私ねえ、もっと宮地くんのこと知りたいなあ」
みょうじの顔がようやくこちらを向く。ほだされちゃった。みょうじは恥ずかしそうに笑ってそう呟いた。なんだほだされるって。ねえそれ、どーゆう意味。どーゆう漢字書くんだよ。使わねえよそんな難しい日本語。どーゆうつもりで言ってんの。オレ頭悪いからわかんねーよ?「ほだされたって、なに。どーいう意味か、わかんねえぞ」「そう?じゃあ、まだわかんなくていいよ」ああもう、頬が熱いのはぶり返してきたアルコール成分のせいだと思いたい。空が明るい。泣きたくなるほど月が綺麗だ。



ダンシング

イン



ナイト

夜の帳で呼吸を止めて、あなたはそこで私を待って


(120929)