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「みょうじさん、膝を借りてもいいですか」
「…先生、またなの?先生は膝枕がお好きなのね」
「ええ、みょうじさんの膝は、気持ちいいですから」
「それ、私への罵倒かしら?」
「どうとってくれても構いませんよ」

先生は私の膝の上に頭を乗せ、瞳を閉じる。顔に浮かぶたくさんの小皺が、私と彼の生きる年月の溝を伺わせていた。
絶対に一番にしてくれない先生だったから、私は先生を好きになってしまったのかもしれない。私を一番にしてくれない先生は、だから今日も絆されたふりをしてくれる。だけど先生。私、もう、子供じゃない。先生のために幼い子供のようなふりをしてきたけれど。どこかに幼さを残して精一杯に背伸びをする、ふりをしてきたけれど。悲しいほど近い距離は、逆に境界線を濃く深く描いている。この線は、越えられない。これまでも越えられなかったのだから多分、これから一生。

「先生、私の望みがわかる?」

静かに、そう問いかける。声の端っこが震えた。「みょうじさんはみょうじさんのままでいいんですよ」「どういう、こと」「そんなふうに大人ぶった喋り方をしなくてもいいということです」「…私には、先生が何を言ってるのか見当がつかないわ」「…」「…」「そうですか」「ええ」先生が困ったように笑った。ように見えたけど、気のせいかも知れなかった。私たちは最初からずっと、化かし合いをしていたのかもしれない。狐と狸のように。きっと先生は狐だな。先生の顔はしゅっとしているし。もしも私が狐なら、同じ種類の生き物だったなら、私たちは仲良く手を取り合うことができたのだろうか。だけどそんな先生、嫌だなあ。私は私を絶対に一番にしてくれない先生が好きだったのだから。そんなことを考えながら先生のつやつやした黒髪をかき分ける。くすぐったそうな顔を、してほしかった。

「わかりませんよ」
「え」
「あなたの望みなど」
「…そう」
「私には、わかりませんよ」

体を起こした先生の顔は、つるりとした能面みたいだと思った。相変わらず読めない上に食えない表情。ここで私の恋は幕引き。規則に縛られた黒髪から色を抜いて、この指の透明なトップコートが剥げ落ちて、鮮やかな色が付けられるようになるころ。先生のいないカーテンレールの向こう側で、きっと私は大人になる。左様なら先生、お元気で。ああ、本当に、

ズルい人。



耽美をお食べ


はなれたくなかった。ここにいてほしいといってほしかった。そつぎょうしても、あなたのそばにいられるりゆうが、ほしかった。つきはなしてくれてありがとう、さようなら。
(120929)