「焼き芋、うまいっスか」 「おいしーい。ていうか、黄瀬くんもう食べちゃったの?」 「はは、部活帰りっスから…手がぱさぱさっス」 「ていうか端的に言って君と焼き芋の組み合わせ、アンバランスだね」 「ひどっ!オレだって焼き芋くらい食うっつーの!」 公園のベンチに二人並んで座っているカップルはどこからどう見ても仲睦まじいし、当の本人たちもそれを自覚している。そういう仲睦まじいカップルが黄瀬となまえだった。秋の冷たい風が吹く公園は、木々たちもだんだんと薄着へと衣替えしていく。ぱらぱらと時折落ち葉が舞った。時間はまだ早いというのに、夏とは違ってあたりはあっという間に真っ暗だ。黄瀬の部活が終わったあとはコンビニで何か買って、たまにこうやって公園で食べる。それは今日のように焼き芋だったり、にくまんだったりあんまんだったり、またはおでんだったりする。秋風がひゅるると音を立てて吹いて、二人の髪の毛を攫っていった。 「はーおいしかった」 「お、完食っスか」 「うん。やはりこの時期の焼き芋はたまりませんなあ」 「この前にくまん食べたときもそれ言ってたじゃん」 「はて?なんのことでしょう」 「ははは、相変わらず調子いいっスね」 「そう?ありがとう。それよりね、今日黄瀬くん待ってるときに閃いたんだけど」 「なに?」 「私の黄瀬くんへの思いはね、ていうか黄瀬くんはね、アレに似てる。思春期にできるニキビ」 「…」 「…」 「…ニキビっスか」 「そう。ニキビ、できるじゃない?」 「オレ、あんまりできたことないんで…」 「そうなの?羨ましいね。これだからイケメンは」 「多分それ関係ないっスけどね」 「イケメンを否定しなさいよ、もう」 「ははは」 「えっと、なんの話をしていたんだっけ」 「ニキビの話っスよ。なまえっちは忘れやすすぎ!」 「そうそう、それそれ。えっとね、ニキビできるじゃん。朝起きてブルーになるじゃん、うわあ、ニキビだあ、どうしようってなるの。でも、放っておかないと治んなくて、なのに、滅多に放っておけないの。わかってるのにね。潰したくなっちゃう」 「…はあ」 「あー、うまくいえないね。だからね、」 「うん」 「どうにもならないってこと」 「どうにもならない…」 「そ。潰さずにはいられないニキビと、好きだって言わずにはいられない黄瀬くん。黄瀬くんにはなんでか好きだって言いたくなっちゃうからね。似てる」 「…なんか、うまいこと言った感じっスね」 「むっ、馬鹿にしてるでしょ?」 「してないっスよお。これ、照れ隠し。さ、もう暗いし、帰ろうなまえっち」 「そうだね」 「…ちゅーしていい?」 「…」 「…」 「どーぞ」 「あはは、ちゅー」 「ちゅー」 「…帰りますか」 「照れるな青少年」 「なまえっちが可愛いこというからいけねっス」 「はいはいこっちのセリフ」 「…なあんか、最近余裕出てきたっスよねえ」 「そう?あ、あとね、もひとつ似てるところがあるんだなあ、黄瀬くん」 「またニキビっスかあ?」 「うん」 「なんスか」 「えっとね、あれだよ、ほら。君は放っておけない」 「…」 「黄瀬くんは、本当は寂しがり屋だもんね」 「…」 「…私はそういう黄瀬くんがですね、好きでしゅよ」 「…」 「…」 「…噛んだ?」 「噛んでません」 「なんで誤魔化すんスか…あーもう何この人…反則!なまえっち反則使いすぎ!」 「累積たまったからしばらくはデレません」 「デレっていう自覚はあったんスね!?」 「さっ帰りましょー黄瀬くん」 「はあ…」 黄瀬は恥ずかしさのあまり真っ赤な顔を見られないようにと半ばなまえの手を引っ張る形で歩を進める。その大きな背中を、繋がれた手を、なまえはただ見つめていた。それに、ずっと一緒にはいられないもの。なまえはぼそりと呟いた。ニキビも、黄瀬くんも。いつか消えちゃうもの。ぼそり。だけど潰したニキビは跡になって残っちゃうから、そういうところも黄瀬くんにそっくりだなあ。ぼそり、ぼそり。黄瀬くんも、きっと私の中から消えてくれない。ぼそり、ぼそり、ぼそり。積み重なっていく、塵のような言葉は少し前を歩く黄瀬には届かない。黄瀬は振り向かない。その事実に安堵しながら、少しだけ寂しいような気持ちになる自分を、なまえは苦笑だけで済ませた。俯いてローファーの爪先を見つめながら、なまえは繋いだ手を控えめに、だけどぎゅうと握り返した。ふいに黄瀬はその感触に気付き、振り返る。なまえは俯いている。黄瀬が歩を止めるとなまえが驚いたように顔を上げた。 「なに俯いてんの」 「…蹴れそうな、石ころを探していたの」 「なんスかそれ」 「黄瀬くん、」 「ん?」 「あのね、好きだよ」 好きで、大好きで、愛しくて、くるしいよ。もうずっと。その言葉を、上手に吐き出すことができない事実になまえはまた苦笑した。なまえの笑った顔を見て黄瀬はなぜか泣きそうになる。なぜだか分からない。だけれど奇遇にもなまえと同じようなことを考えてしまうのだった。黄瀬はだけれど、はははと快活に笑って、湧きあがる涙をぐっと堪える。秋の夜長は、人をむしょうに悲しくさせる。けれど些細な、吹いたら消えてしまうマッチ棒の明かりのようなとても些細な幸せが、そこには存在するのだ。確かに。 「あ、オリオン座」 「うわあ、ほんとだ」 「…冬が、来るねえ」 「そうっスね」 「…黄瀬くん、試合、頑張ってね」 「…うん、見ててなまえっち」 「うん、見てる。ちゃんと、見てるよ」 願わくば跡になってしまう日が来ないように。願うことしかできないそんな些末なことを本気で願っているのはきっと、なまえだけではないはずだ。オリオン、狩人の星。そんなふうに悲しい思いはさせないよ。なまえは心の中で呟く。だって私はここにいるもの。君がいなくなっても。そう、心の中で、何度も呟く。 一番綺麗なあの星をあげる (120923) |