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 ふと、肌寒さを感じて目が覚めた。薄く目蓋を開くと、突き刺すような光が飛び込んでくる。眩しさに再び目を閉じ、隠れるように枕に顔を埋めた。うー、とうなり声を上げて、ぱたぱたと温もりを求めて左腕を動かす。だがシーツに余計な皺が増えたところで、ようやくぱちりと目が冴える。

「……なまえ?」

 がば、音を立てて頭をあげる。いると思っていた姿が、ない。シーツに手を当てても彼女の温もりは残っておらず、俺は飛び起きると、だらしないスウェットのまま寝室を出た。
 なまえ、とリビングに向かって声をかけるも返事がない。言いようのない寂しさがこみ上げてきて、「なまえ」ともう一度呟いたときにガタリと物音が聞こえた。ぎくりと肩を揺らし、寝ぼけ眼をこすれば愛しい背中をようやく見つけた。リビングの奥から続くベランダで、竿に精一杯背伸びをしてタオルをかける小さな背。外界と遮断するように閉められた窓のせいで、俺の声に気づいてないのだろう。こちらには気づく素振りも見せずに洗濯物を干している。
 へにゃ、とだらしなく口角がつり上がるのがわかった。さっきまでのもやもやとした気分は、一瞬にして吹き飛んだ。俺はそっと足音を忍ばせて窓際に近づき――彼女は気づかない――ガラリと窓を開くと、覆い被さるようになまえを抱きしめた。

「ぐぇ!」

 全く色気のない声だ。それなのに何故だか胸がくすぐったくて、彼女の肩に顔を埋めて笑いを堪える。
「な、なにっ、び……っくりしたぁ……」なまえは本気で驚いたのか、手で心臓を抑え俺を睨んだ。全然怖くはないが、機嫌を損ねて朝食抜きにされるのは困るので「ごめんっス」と謝る。なまえは大きく溜め息を吐いた。

「まあ、いいけど。……邪魔だからさっさと離れて」
「ひどっ!」

「そんなこと言う奥さんは離してやんないっス!」とさらに強く抱きしめると、心底こいつうぜぇという目で見られる。新婚ほやほやの旦那に向ける目じゃない。まあ、恋人時代から彼女はこうだったので、俺も慣れているが……言ってて悲しくなってきた。

「あのね、あんたがくっついてると洗濯物干せないの。部屋干しすると臭い臭いって騒ぐのはどこのどいつ様だったっけ〜?」
「す、すいません」

 結婚すると女は強くなる、と学生時代の先輩がしみじみ呟いていたことを思い出した。先輩、俺、既に尻に敷かれてるっス……。大人しくなまえから離れ、「さっさと顔を洗ってこい」と睨まれたので駆け足で洗面所へ急ぐ。適当に顔を洗い、歯を磨きながらリビングを覗いた。洗濯物を干し終わり、次は台所へ。鍋に火をかけて、フライパンでベーコンと卵を焼く。「涼太ー、パンとご飯どっちー?」と聞かれ、俺は「ごはん」と答える。歯ブラシを加えてたせいで「ごひゃん」になってしまったが、ちゃんと通じただろう。
 口をすすぎ、テーブルにつくとご飯、味噌汁、ベーコンエッグ、付け合わせは昨日の夕飯にも出たサラダが少々。なまえの気分によってコーヒー、紅茶や牛乳、たまにジュースが出たりする。今日は粗茶だった。俺はこの、洋風なんだか和風なんだかよくわからない朝食が世界で一番好きだった。

「いただきます」

 なまえが席についたのを見計らって、手を合わせた。なまえも俺に続いて「いただきます」と手を合わせ、箸を取る。ベーコンエッグの黄身は俺好みの固さに焼かれていて、そんなことが嬉しくてまたニヤけてしまった。目の前から見ていたなまえには「今日の涼太一段と気持ち悪いんだけど」と引かれてしまったが、嬉しいのだから仕方ない。

「ね、今日久々のオフだしどっかいこ?」
「どっかってどこ」
「なまえの行きたい場所でいいっスよ!」

 えぇー、となまえは困ったように眉を寄せた。どちらかというとインドア派な彼女は、必死で「行きたい場所」を考えてるのだろう。この表情が見たくて、いつも同じ質問をしてしまう俺は、性格が悪いだろうか。でも可愛いのがいけないのだ。

「ねー、なまえ」
「今考えてる!」

 催促するように声をかければ、ピシャリと返される。俺は黙って味噌汁を啜ると、「あんま人多くなく……行きたい場所……」終いには口に出して悩み出したなまえに苦笑が零れた。先日出演したドラマがヒットし、一気に俺の知名度が上がった。なので顔も隠さず街を歩くと、ちょっとした騒ぎになってしまう。そんな俺を気遣って、彼女は文句も言わず行き先を考えてくれている。ああ、好きだな、と思った。

「なまえ」
「だから今考えて、」
「俺、なまえを好きになってよかったッス」

 ぽろり、彼女の手から箸が滑り落ちた。
「な、なに、とつぜん」みるみる赤く染める頬を隠しもせず、パチパチと瞬きを繰り返す。相変わらず不意打ちに弱いなぁ、と吹き出してしまった。テーブルに手をついて身を乗り出すと、なまえは何かを察知したのか逃げようと腰を浮かす。だが俺のほうが早くなまえの後頭部を掴むと、逃がさぬよう引き寄せる。

「だいすき」

 唇が触れ合ったまま囁けば、なまえは視線を泳がせ、困ったように眉を寄せた。「知ってるよ、ばか」真っ赤な顔で負け惜しみのように呟くもんだから、俺はまた笑ってしまった。やばい、しあわせだ。




たぶん初めからそこにあった


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20120915
伊都ちゃんお誕生日おめでとうございました!



浅葱ちゃんがお誕生日プレゼントということで黄瀬を書いてくれました!とても幸せなお話をありがとう^^すごくうれしかったです!これからもなかよくしてあげてください!