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うつらうつら、影が地面を縫うように。ひらりひらり、彼女のスカートが揺れる。

「黒子、くん!」
「なまえさん。こんにちは」
「こんにちは!今日もいい天気だねえ」
「そうですね…なにか、あったんですか?」
「え?なにが?」
「なんだか機嫌がいいような気がします」
「えー?そうかなあ?やっぱり黒子くんは鋭いなあ」

影が薄い影が薄いとよく嘆かれるボクのミスディレクションは、彼女、みょうじなまえさんにだけはどうやら通じない。都合がいいのか、悪いのか。どんなときでもすぐに見つけられるから困ってしまう。半分くらい嘘で、半分くらい本当だ。ボクは彼女を好いているのだけれど、それは彼女がボクを見つけてくれたからとかそんな陳腐な理由ではなくて、だからもし彼女がボクを見つけられなくてもボクはきっと彼女を好きになると思うのだ。そういうものだと思うのだ。ベンチに座っていたボクを見つけたなまえさんの表情は明るかった。

「あのね、えへへ、黄瀬くんに、おはようなまえちゃん!って言われちゃったの」
「…へえ」
「聞いた?なまえちゃんだって!しかも、向こうからだよ?私、信じられない。喉が震えちゃったよ!」
「よかったじゃないですか」
「ありがとう!というわけで黒子くんに報告するために走ってきたのです」
「それは、わざわざどうもです」
「これも全部、黒子くんのおかげだなあ。黒子くんがいなかったらきっと私今でも、黄瀬くんに存在すら認識されてないもの」
「…そうでしょうか。なまえさんは、美人ですから」
「そうやってすーぐ持ち上げるんだから!…あーあ、黄瀬くんが、…このまま私を好きになってくれればいいのになあ」

はーあ、と溜息をつきながらボクの横に腰掛ける。なまえさんは期待と高揚と、そのほかいろいろな気持ちが入り混じったような表情を浮かべていた。お花が飛んでいる、と形容してもいいかもしれない。でも、そうだなあ。ずーっとこのままの距離なんて耐えられない。いつか私、自分の気持ちを言っちゃいそうだよ。かすれた声で笑う声が聞こえた。黄瀬くんの笑顔が脳裏を霞める。黒子っちの友達、えーと、なまえちゃん?あの子可愛いっスよね。その言葉も。それは無理ですよ。待っていましたかとでもいうようにボクの声帯は高らかにそう言い放った。

「もし黄瀬くんに言ってしまったら、そうだなあ、…もう一緒にはいられませんね」

なるべく、淡々と。つとめて、淡々と。決して自分の意見はいれないように、自分の感情はまるで存在しないように、事実をありのままに述べているだけというように自らを装う。さっきとは一変して隣にいるみょうじさんの表情が固まるのが空気で分かった。滑稽だ。自らを偽るボクも、その言葉を真正面から受け取ってしまうなまえさんも。実に滑稽極まりない。よくできた茶番劇だ。二人の間を流れる曖昧模糊とした空気は空に溶けていく。流れる雲に吸い込まれて消えた。

「…どうします?それでも、言いますか」
「…」
「…ああ、でも、なまえさんが黄瀬くんといざこざを起こしたら、…たとえうまくいったとしても、もうボクはこんな風に話しかけてあげられませんね」
「…そん、な」
「ボクはバスケットボールが一番大事なんですよ」
「だって、でも、」
「…でも、ボクは楽しかったですよ。なまえさんのこと、嫌いじゃなかったですから」
「どうして、そんなこと言うの。…私、言えないよ。…黄瀬くんに好きだなんて、言えないよ」
「どうして、ですか」
「…黒子くん、軽蔑、しない?」

ボクの沈黙を肯定ととったのか、しばらくして、なまえさんはぽつりぽつりと呟いた。いや、違う。彼女はボクが軽蔑なんてしないことを知っているのだ。これまでもずっとそうだったのだから。ボクは彼女を受容して許容してきたのだから。私、黒子くんがいないとなんにもできなかった。黒子くんのおかげでここまでこれた。だから。私が何かして、黒子くんも黄瀬くんもいなくなっちゃうなら、何にも言えない。何にも、いらない。その言葉に、緩みそうになる頬をなんとかして我慢した。まったく、なまえさんはよくできた人だ。僕が欲しかった言葉を、一言一句間違わずに言ってくれるなんて。…泣いてもいいですよ、今は、ボクしかいませんから。とびきり甘い声でそう耳元で囁くとなまえさんの体がぴくりと震えるのが分かった。膝に置かれた両の手の拳がきゅっと握られる。しばらくしてその瞳がゆっくりボクを見つめた。なまえさんの瞳の奥がゆらりと揺れた。今にも泣き出しそうな顔をして、眉をこれでもかというくらい寄せている。その両手を強引に掴んだ。なまえさんが胸元に倒れてくる。ボクなら。黄瀬くんがあげられない言葉をあげられますよ。君は悪くない。君は間違ってない。それは、これ以上ないくらいに甘美な言葉でしょう?このぬるま湯は、これ以上ないくらい君に優しいでしょう?

「ごめんね、え、黒子、くん」
「…なにがですか」
「私、…最低だね」

嗚咽交じりにそれだけ言うとぎゅうと、ボクの服を掴む手に力が入る。そんな彼女をぎゅうと抱きしめた。ボクは君だけを見ています。君だけを好いてます。だから君の幸せを願ったりしません。そんなボクを愚弄してくれてもかまわない。ひどいと、下衆だと罵ってくれてかまわない。今日もいい天気ですね。そしてなまえさん、君はこの空に似つかわしくないほどに狡い人だ。ずっと、そのままでいてくださいね。君のためにこの世界に隕石が落ちろなどと短絡的に願ってしまう、世界一愚かなボクのために。



宣告します



これから先、君の幸せを願わないのだと、なにも与えない代わりになにも奪わないのだと、そう、
のために、ボクのために、
わないと、います。


未来さん リクエスト ありがとうございました!
(120911)