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10歳のとき、ずっと隣にいた辰也が苦手かも知れないと気付いた。辰也と一緒にいると心がざわざした。隣で笑っているのがつらかった。隣にいられることが苦しかった。放っておいてほしいのに、どうして辰也はそこにいるんだろう。にこにこ笑う辰也が私には化け物のように思えて仕方がなかった。そんなことを考えて育った。
12歳のとき、私はどうしようもなく辰也が苦手だと確信していた。それでも私たちは一緒にいた。なぜか。わからない。ただ一つ言わせてもらうとあれだ、一緒にいざるをえなかったのだと、表現したい。そのころには辰也のほうが私にはべったりだった「オレには、なまえだけだから」そう何度も言われたし、そのたびに辰也が泣きそうな顔をするものだから、私はひどくそれに怯えていたのだ。気味が悪いと思った。辰也に何があったのかも知った上で、私は辰也を気味が悪いのだとそう表現しているのだから、私と辰也はやっぱりあまり良好な関係ではなかったのだと思う。一緒にいることで私はきっといつも苦虫を噛み潰したような顔をしていただろう。辰也の母によく心配されていた。私はそのたびに虫歯が治らなくて、ともっともらしい嘘をついた。幼い私はほかにどうすればいいか、わからなかった。
15歳のとき、それは甘えだよと友達に諭された。だってなまえちゃん、最初から氷室くんから離れる気、ないじゃないとやけに冷たい顔をしてそう言われた。どうやら彼女は辰也のことが好きだったらしい。うんざりだと思った。これ以上辰也のことで私のプライベートゾーンを荒らされるのは嫌だった。私は辰也のことを誰かに話すのをやめた。

辰也はどうしようもなく優しかった。そのぬるま湯は多分、世界で一番心地よかった。簡単に嫌だと言える世界、ここにいたくないと嘯ける世界。私はその中で自分ばかりが成長しているのだと思いこんでいた。大言壮語をはき、そしてその通りに生きていけるのだと思い込んでいた。私はいつのまにか辰也がいないと生きていけなくなっていたのだ。辰也が私に依存していると思っていた関係は、いつのまにか共依存になっていたとわかったとき。私は驚愕した。結局あの子が言ったように私たちは甘えでしかなかったのだ。最初から。

だけどそれを脱却したいとして。私はちゃんと生きていけるようになりたいとして。
じゃあ私は何から始めればいいのだろう。私たちはどこからやり直せばいいのだろう。

「私、辰也が嫌いだよ」
「…またその話?」
「ねえ、辰也。なんで辰也は私を嫌いになってくれないの。放っておいてくれないの。こんなのなってないよ。全然なってないよ。嫌いなんだから嫌いって突き放してくれていいんだよ。どうして嫌いになってくれないの、私の声を無視するの。誰も好きになってくれなんて言ってないじゃない。私は私をこんなにした辰也が許せないし、多分これから先も、許せないと思う。愛せないと思う。私は辰也を利用することでしか愛する方法を、もう思い浮かばない」
「…そうだね」
「だけど私はそんな私が好きじゃない。いつもいつも開き直って当然の報いだって思ってるけど、そんな虚勢ずっとは続かない。ときどき、たとえば今とか、どうしようもなく苦しい。自分を嫌いになるのは、もういやなの」
「自分が嫌い、ねえ」
「私、ダメな子だけど、甘えてるってよく怒られるけど、やっぱりそれは違うと思う。傲慢かもしれないけど、それは私だけの責任ではないと思う。だから辰也も私も、償わなきゃいけないんだよ」
「じゃあなまえ、オレから離れてこれからどうやって生きていくの」
「そんなの、なんとかする。もう辰也の胸の中で泣いたりしないし、辰也の助けなんか受けないし、私は辰也から離れた生活を自分で作る」
「なまえは本当に甘えてるね」
「…は」
「現実を見てごらん、もっと社会を見てごらん。君くらいの年端の子が一人で生きていけると思うのかい。そうでなくてもなまえは世間を知らなすぎる」
「またその話?分かってる、分かってるよ。なんでいつもそんなふうに世間しか見ないの。辰也はおかしいよ。私は私と辰也の話を、しているんだよ」
「…」
「私は幼馴染だから恋人だからとか、そんな肩書から来る理由だけで愛されたくない。でも辰也が言うところのその、世間にはどうせそんな人いないんでしょう。よおくわかったよ。だから人は多分一人でも生きていける」
「…ふうん」
「ふうん、じゃなくて」
「まあ、いいんじゃないそれで。なまえがそう思うなら」
「…もううんざりよ。なんでいつもそうやって勝手に決め付けて納得するふりをするのよ。なんにも納得していないくせに、なんにも分かっていないくせに」
「当たり前だろ。だってそういうふうに作ったんだから」
「…は」
「なまえはさあ。最初からオレに縋るしかないんだよ」

だからそれじゃ駄目なんだよ辰也。どうしてわかってくれないの。あのね、私ね、辰也がいない世界を作ってね、その中で草とか花に埋もれながら死んでいきたいの。やっぱり過ぎた願いだったなあ、最初から辰也と離れるなんて無理だったんだなあ、じゃあこの、苦手だなあって思うこの心は、なんだったのかなあって。それさえも分からずに死んでいきたいの。好きになりたかったなあ。ごめんね、なんて感傷に浸って、少しずつ息を止めていきたいの。だけどそれができないなら、どうしてもあなたがそれを止めるなら、私を引き止めるなら、ねえ、お願いがあるのよ。

じゃああなたが死んでよ、辰也。

(140103 再録)