×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

お淑やかに、物静かに、品が良く、そんな言葉はもううんざりだ。くそくらえだ。事務所から押し付けられたイメージに、私はいつしか振り回されていた。私はもう、自分じゃバランスをとれなくなっていた。限界だった。だからだ、と、言い訳しておきたい。

「ちょっと!あんた誰っスか!」

こんなに可愛い青少年を誘拐している理由としては、それで十分でしょう。

×××

「…ちょっと、なんでオレあんたを案内してんスか」
「いいじゃない、早く連れてってよ、一回来てみたかったんだもん、フツーの高校ってやつ」
「てゆーかあんた誰ですか」
「…え、君、テレビとか見ないの?私のこと、知らない?」
「…ちょっと自意識過剰入りすぎじゃねえ?オネーサン」

しっつれいな男だ!目の前の名前も知らない男、いや男の子は、私がマネージャーと言い争いをしている最中に運悪くその場に居合わせた一般人で、私はその彼を連れてマネージャーの隙を見計らってロケ現場から脱走した。そのあとこの子にお金を渡して、サングラスや帽子などの変装道具を買ってきてもらって私は小道をこそこそと歩いていた。これからこの少年の高校につれていってもらうのだ。

「おおー!これが普通の高校か…!」
「ていうかあんた、名前は?」
「えー…みょうじなまえって知らない?これでも一応紅白とか出たりしてるんだけど…」
「…え?あ、いや、知ってるような、…え?…ああ!利央が好きな歌手か!」
「リオーって誰よ…失礼、心外だわー。そんなに驚かれるとは。私もまだまだだね」

ふうと溜息をつく。これでも国民の妹と呼ばれる年齢からアーティストしてるんだけどなあ。でもそれももう詐欺の域か。今私いくつだ?…おおっと、考えるのやめようっと。高瀬くんがあわあわ慌てて、青くなったり赤くなったりしている。

「君の名前は?少年」
「…少年じゃねーけど。高瀬準太。この学校の二年生っス」
「おお、17歳かー。若いねえ。いいなあ17歳」
「そういうみょうじ、サンはいくつなんスか?」
「私ー?うーん、年齢不詳ってことにしといてくれないかな?」
「…」
「嘘だよー。高瀬くんにあと三歳足したくらい。おばさんです」
「うっそ、結構前からテレビ出てないっスか?」
「はは。うん、芸歴は長いかも」
「…まじかよ」
「…でも、もうお茶の間では会えないかもね」
「は?」
「…辞めようかなあと思って。この業界」
「…」
「いやあ、しかし普通の高校っていうのもいいねえ。私、忙しくて全然高校行けなかったからなあ」
「…汚いっしょ」
「ほんと、はは。ロッカーからプリントはみ出してることかいるじゃない。高瀬くんのロッカーはどこ?」
「秘密っス」
「何よお?エロ本でも入れてんの?」
「げ、芸能人がエロ本とか言うなよな」
「今は一般人だもーん」

芸能人、歌手、アーティスト。その言葉に今までどれほど縛られてきただろう。良識ある行動を、嫌みのない言動を。私がそれに不満を抱かなくなっていったのはいつからだろう。いや、不満を忘れたふりをしていたんだ。本当はいつ爆発したっておかしくなかった。疲れてしまったよ。爆発してしまったのは、だから潮時ということなのではないだろうか。周りを見渡す。誰のものとも知らない椅子に座ってみたり、教卓の上にあぐらを書いてみたり。幸い休みだったらしく生徒は廊下を通り過ぎたりしなかった。そうじゃなくても今の私の姿は浮いている。いつ注意されてもおかしくないくらいには不法侵入者だ。聞けば高瀬くんも今日は部活が休みだったらしい。なぜ制服なのかと問えば自主練しようかと思って、という答えが返ってきた。何の部活をしているかは、聞かなかった。

「…もういいや。ありがとう高瀬くん。どお?お茶でもしてかない?」
「でもあんた、それ、バレるんじゃ」
「大丈夫大丈夫。あ、オネーサンおごってあげるから安心して?」

私は高瀬くんの袖を強引に引っ張り、校舎の外に連れだそうとする。これ以上あそこにいると、正直どうにかなってしまいそうだった。普通の高校生生活、普通の青春。全部私が欲しくて、でも捨ててきたものだ。それがたくさん、しかも無造作に放ってあるあそこは、私には居心地が悪すぎた。それはすごく貴重なものなのに、当たり前みたいに放置してある。どうにかなってしまいそうだ。自分が行きたいと言ったのに、自分が触れたいといったのに、わがままなものだ。またしばらく歩いて、テラスのあるカフェに入った。客の入りは上々らしい。雰囲気のいいお店だった。私はアイスコーヒー、高瀬くんはレモンスカッシュを注文した。

「高瀬くんはそれみたいだね」
「あ?どーいうことっスか」
「レモンスカッシュ。爽やかで後味が良くて、酸味が聞いてる。高瀬くん、そんな感じ」
「…なんスかそれ、これだからアーティストは」
「…あはは、照れてる。かわいいなあ。…それから、今日はありがとう、楽しかった」
「…本当は、楽しくなんかなかったでしょ」
「え?」
「だってあんた、教室で苦しそうな顔してた。泣きそう、だった」
「…」
「…」
「…さー。それはどうでしょう」
「…」
「でも、いい詞が書けそうな気がした。いつかはわかんないけどきっと新曲になると思うから、そのとき覚えてたら聴いてよね」
「はー?」
「ぜひCDをお買いになってください」
「販促じゃねーか」
「なによ、これで稼いでるんだから仕方ないじゃない」
「…てゆーか、歌手。やめるつもりねーんだ」
「…あー、…忘れてた」
「はあ?ぷっ、あっはっはっは、くく、ははっ…はははっ」
「え、なに?なんでツボってんの?え?高瀬くん意味わかんないよ?」
「くくっ…まあいいんじゃねースか?自分がやりたいようにやれば。だってあんた、好きで歌ってんでしょ?それなのに止めちゃうなんてもったいねーよ」

高瀬くんが、にへらと笑った。全く、こっちまで気が抜けてしまう笑みだ。同時に、心の中で何かが生まれる音がする。お淑やか?物静か?品が良く?やっぱりそんなのくそくらえだ。私、欲しいものができてしまった。「高瀬、くん!」テーブル越しにぐいと身を乗り出す。とっさのことでサングラスと帽子が落ちて、周囲の人が私の存在に気づく。遠くで黄色い声が聞こえるけど、無視だ。高瀬くんがびっくりした顔で私を見ている。

「…はい?」
「私と、スキャンダルになってくれない?」

高瀬くんの間の抜けた顔が真っ赤に染まって奇声をあげるまで、あと三秒。

シュガー・シュガー

愛螺さん リクエスト ありがとうございました!
(120831)