「た、だ、い、まー!」 「遅かったわねなまえ、ぎりぎり一分前」 「はあ、疲れたー。走っちゃったよ。まあ間にあったからよしとするかな…!」 「全然よしとしないわよ、早く手ぇ洗っちゃいなさい」 「はーい」 あれからなんとか走って、走って、途中何度か転びかけたけどやっと家に辿り着いた。がらがらと引き戸を開けて帰ってきたと伝えるために叫ぶと呆れた顔をしながらおばあちゃんが出てきた。年齢よりも随分若く見られる彼女はもちろん中身も若い。普通はおばあちゃんって孫のこと猫っ可愛がりするもんじゃないの?とか思うけど、うちの祖母はこんなだから仕方ない。だけどやっぱり時間とか約束事には厳しいために、帰ってくる時間はすなわち夕ご飯が始まる時間だ。私はここにくると毎年、自分の家でのだらけた生活のツケがまわってくるような気持ちになる。脱衣所に駆け込んで洗面台で手を洗う。汗ばむ腕や肩をタオルでぬぐった。居間に戻るとおいしそうな料理ができていて、口の中に唾液がたまるのがわかった。麦茶を冷蔵庫から取り出して、テーブルの上に置く。いただきます、と二人声を合わせて言った。 「んー!おいしーい!」 「あったりまえでしょ。私が作ったんだから」 「はいはい、ありがとうございます。おいしゅうございます」 「それより、あんた今日どこに行ってたの?」 「んー?」 「珍しいじゃない、あんたが出掛けるなんて。しかもこんな長い時間」 「えーっとね、ふふふ」 「なに笑ってんの。このあたり、何か面白い遊び場なんてあったかしら?」 「…あったよ、見つけたの」 「へえ?どこ?」 「ねえおばあちゃん、あそこの体育館と民宿にさ、今東京の高校のバスケ部が合宿に来てるの、知ってた?」 「なにそれ、知らない」 「やっぱり?私も知らなかったんだけど、今日たまたま散歩してたらその人たちと仲良くなっちゃってね、それでさっきまで体育館にいたの」 「ふうん」 「ふうんって、そんだけー?」 「…まあ、あんたこっち来てから勉強ばっかしてたもんねえ。いいんじゃない、遊びなさいよたくさん」 「…」 「なに黙ってんのよ」 「いや、おばあちゃんがそんなことを言うなんて意外だと思って」 「なによ、これでも心配してるんだからね。あんた進学校に通ってるかなんか知らないけどちょっと勉強しすぎよ、もっと遊ばないと」 たった一度の青春時代でしょ。おばあちゃんはそう言って筑前煮をむしゃむしゃと食べた。一人でうん、おいしいと呟いている。私はそんなおばあちゃんの言葉に少しだけ驚いてしまったが、気にしてないふりをして食事を続ける。セイシュンジダイかあ。その言葉が少しだけくすぐったかった。 ご飯の後、縁側で涼んでいるとおばあちゃんがスイカを持ってきてくれた。この家で飼っている猫をひざに乗っけながらスイカを食べる。意外と難しかった。風がぬめりと頬を撫でた。まだまだぬるい、夏は始まったばかりだ。勇気を出して台所の方に叫んでみる。「おばあちゃーん、明日っから、ご飯、少し遅くしてもらってもいいかなー?」と。どきどきして返事を待っていると帰ってきた言葉は意外なものだった。「…お昼はお弁当、いらないの?」その言葉にくすりと笑ってありがとう、作ってほしいと叫び返す。絶対に反対されると思ったのに、夕飯での言葉といい、素直じゃない人だ。 スイカの皮を皿に置いて、ごろりと寝転んだ。背中に無数に引いてある板のにおいがする。田舎の雰囲気は優しくて大好きだ。風鈴の音が、優しく私の耳を撫でた。 ねえおばあちゃん、私、気になる人ができたかもしれない。 |