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時間がたつのを忘れてしまうような、天気だった。一面の曇り空はさっきから停滞したままで少しも動いてくれない。ただぼんやりした湿度がぐっとオレの皮膚を侵食していた。どこか重苦しい空の色は灰色というよりは、純白だった。なのになぜだ。天気と気持ちはいまいちすり合わせができていないようだ。

「息を止めるのは、難しいね」

ふうう、と勢いよく空気を吸い込みきったあと、なまえっちはそう呟いた。止めていたことにも気付かなかったオレは頷くだけでとどめる。彼女は死にそうな、顔をしていた。

「心臓も、自分じゃどうしたって止められない」

心臓だって突き詰めれば電気信号からくる筋肉の連続的な運動だし、フズイイ運動だもんね。浅い胸に手を置いて、なまえっちは溜息をついた。息をついたときにやけに大きく胸が動いた。心臓と、肺が、機能しているのだなあと思った。オレにはなまえっちの言ったフズイイ運動が何かわからなかった、どういう漢字を書くのかも(きっと習ったんだと思うんスけど)。

「フズイイ運動って、なんスか」
「…黄瀬って真面目に授業受けてないでしょ?随意してないってことだよ。自分の意思じゃなくて、脳みそから来る指令で動いてるってこと。」
「自分の、意思っスか」
「不公平だよね、生まれてくるときも死ぬときも、自分で決められないなんて」

考えてみたら、とても当たり前のことだ。どうしようもなく自然の摂理。生かされているのだ。息を止めることも心臓を止めることも、オレたちには簡単にできない。体が危険を感じているからだ。体が生きようとしているからだ。それはきっとオレたちの意思ではないのに。不思議な話だ。意思が第一であるこの体に、生死に関してはそれが通用しないんて。なまえっちが薄く笑う。何かを諦めたような笑いだった。憂いを帯びている、とでも表現するのだろうか。

「私は多分、黄瀬が死んでも死ねないよ」
「なまえっち」
「ごめんね。だからこそ、生きるか死ぬかの意思選択くらいは、自分でしたいよ」
「なまえっち、ねえ聞いて」
「こんな、薄情な女でごめん、ね」
「…」
「でも私は黄瀬に、嫌われたくないんだ」

「…死んでくんなくていースよ、オレのために生きてくんなくてもいーから」

好きな人のために死ぬことができなかったら、それは愛していないということになるのだろうか、人はそう言ってオレたちを嘲笑うのだろうか。なまえっちの細い肩を引き寄せた。震える体は小さくて小動物の類なのかと一瞬錯覚する。たとえば大切な宝物を持っていたとして、きっとこの子は一生それを譲ってくれないのだろうと思う。それでいい、それでいいんだ。そんななまえっちをオレは、どうしようもなく愛しいと感じてしまうのだろうから。
ああ、生きているとはとかく温かいものか。なまえっちは本当はもうずっと死にたかったのかもしれなかった。オレはあんたがいなけりゃ電気信号だって無視して今すぐ息だって止められるだろうけど、あんたは止めてくれなくていいっスよ。残酷なまでに息を続けてくれていいっスよ。それで構わない。オレは自分が死んだ後のあんたの幸せを、きっと願えたりしないけど。「それでもきっとこれは愛スよ」構わないから。



解ける抱擁


(120822)