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「っひょー!綺麗だなー!」
「ちょ、っと危ないわよ!顔出さないでうよ!鼻なくなるわよ!」
「なくなんねーよバアカ!へへっ」
「…このままトンネルとか来て和成の鼻先削れればいいのに」
「しれっと怖ぇこと言うなって…」
電車がごとんごとんと動く。日焼け止めを丹念に塗る私を見て、和成が呆れたように「焼けるの嫌なら行かなきゃいーのに」とか言うのを黙殺する。それは複雑な乙女心ってやつだ。なんてったって、海になんてなかなか行けないのだから。
この春から違う高校に進学した私たちがこうやって遊ぶ機会は、目に見えて減っていた。幼馴染という関係は、あまりに薄すぎる。今日は和成の方から声をかけてきたのだ、海へ行こうと。すがるような気持ちで私がここへ来たことを、和成はきっと知らない。本当は、私だって和成と同じ学校に行きたかった。同じ校章が入った制服着て、徹夜で一緒に勉強して、和成の試合をベンチから見たかった。馬鹿だねって笑って、馬鹿だなって小突かれるようなそんな生活を送りたかった。だけど私は和成を、選べなかったのだ。これからだって和成の青春に私はいないんだ。自業自得としかいえないその事実が、私を苦しめる。高校に入学してしまってもう五カ月が過ぎようとしている今ですら。


「なまえー?」
「…おおう、ぼーっとしてた」
「なんて顔してんだよ、お前のためにわざわざ貴重なオフ捧げてんだぞ!そんな顔してたらつまんねーだろ!」
「アリガトーゴザイマス!忙しいっスね先輩!」
「じゃあ黙ってその先輩に担がれてクダサーイ」
「は?ちょっと何言って、え、ちょ、え、和成!」
「聞こえませーん、とりあえず海水に浸かってこい」
「ぎゃあああ」
ばしゃああん、波が派手に弾ける音がする。耳が急に聞こえなくなった。何が何だか分からない。だけど私は水の中にいる。海水が染みないようにと無意識に目を閉じた。しばらくして立ち上がると、耳から水が抜けていく。そのあたりでようやく理解した。担がれて海に投げられたのだ。目の前で腹を抱えて和成が笑っている。
「はっはっはっ、ケッサク!サイコー!腹いてぇ!」
「かーずーなーりーぃ!」
和成目がけて走りだすと、ぎょっとした顔をして走り出す。こんなに近い距離なのに、すんでのところで、届かない。子猫のようにじゃれあう私たちを、誰が責められようか。真夏の太陽だって、海中の女神だって。





「私も、秀徳に行けばよかった」

ぽそりと、聞こえないくらいの声量で呟くのは何度目だろう。いつの間にか、真上には星空が広がる時間になってしまった。ぱちぱちと花火のはじける音がした。最後の花火が消えた時、あたりは真っ暗闇だった。月が雲に隠れてしまったらしい。ぽつりと和成が口を開く。言葉を選んでいるような色があった。
「もういつも一緒ってわけにはいかねえけどさあ、こうやってたまには遊べばいいし、なまえん家だってすぐ行けるんだし、な。…そんな顔すんな」
「…だって、」
「…」
「…和成ぃぃぃ…」
「なーに泣いてンだよー。ほらー泣きやめって?な?」
「…だって、やっぱり、さみしいよおー」
「泣くなってー…つうか、ハハ、学校が違ぇだけなのにな」
「…だけじゃないよ」
「…ん?ごめん、聞いてなかった。なんか言ったか?」
「ううん、何にも言ってない」
「そーか?ほら、手ぇ繋いでやるから、オニイチャンに任せなさい」
「…あたしの方が、ひっく、生まれたの、早いよ」
「あんま変わんねーって」
握りしめていた手を解かされて、ぎゅうと握られる。恋人つなぎなんかじゃなくて、握手のような形だ。残酷だけど優しくて困ってしまう。この指が絡むことは絶対にないんだけど。知ってるんだけどこの居心地の良さとかも、全部。分かったうえで、だから望まないんだけど。私を引きずって少し前を歩く和成に、私はいつか追いつけなくなるんだろう。
私たち、ずっと一緒にはいられないけれど、きっとこの指先には和成との赤い糸なんて結ばっていないけれど、どうか忘れないでいて。頭の片隅に置いておくくらいでいいんだ。次の夏が回ってきて、また次の夏が来て、そうやって何度も季節が廻ったとしても。こんなに高い空を、つないだ指先の温度を。私もきっと忘れられないから。私と共有していたたくさんの時間が、確かに存在していたこと。たとえ和成が忘れてしまってもね。ごめんなさい。たとえあなたが私の人生にいなくても、多分私は生きていけてしまえる。和成だって、たとえ私があなたの人生にいなくても、きっと生きていける。今度またこうやって海に行くときは、そうだな、お互いの恋人の話でもしようか。

「なまえ、帰んぞ」

星空に涙の溶液を溶かしこむ。海の暗さだけを必死に網膜に焼き付けた。スライドした滲む視界が今度は繋いだ手をとらえた。握り返せないのは、私の弱さだ。さようなら、さようなら、言葉にできないものはこの海に全部置いていく。
だから。どうして私が泣いているのか、これからも気付かないでいてね。絶対に。






ソプラノの死生




雫さん リクエスト ありがとうございました!
song by 奥華子 『ガーネット』 title by 金星
(120819)