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月並みな言葉で表現すると、私は征十郎くんのことが好きだったのだと思う。
勉強の合間にこのまま一緒に添い遂げたいなあなんてぼんやり考えてしまうくらいには、彼を好いていた。だけど大事なのは私が征十郎くんを好きであるという事実であって、征十郎くんが私を好きかどうかなんてことは正直どうでもよかった。別に隣にいてくれなくても恋はできるではないか。お互いが思いあうことだけが恋だというのなら世界から七割くらいの恋が消え去ってしまうだろう。征十郎くんが気が向くまでこのポジションに置いていてくれればそれでいい。私の中で決定的に相互という感情が欠落しているという事実は、しかし一般的にはおかしなものであるらしかった。

「…転校?」
「うん。親の都合で、ここよりうんと遠いところに」
「そうか」
「うん」
「いつ出発?」
「…二週間後」
「早いな」
「急だったからね」
「ふうん」

お昼ごはんを二人で食べているときに、私はその事実を思い出し彼に伝えた。別段顔の色を変えるわけでもない征十郎くんはむしゃむしゃとパンを食べる。運動をするんだからもっとバランスを考えた方がいいのではないかと思う。さほど興味のなさそうな返事の後で、征十郎くんの瞳がすう、と細まる。考え事をしている時の瞳だ。私は征十郎くんの、やけにレパートリーの少ない表情の中でも、それが飛びぬけて好きだった。何も言わず、なるべく存在を消すために息を潜める。私がそうすればするほど、征十郎くんはもくもくと考え込むからだ。お弁当の中のおにぎりがしょっぱく感じたのは、別に私が泣いたからとかではなくて、ただ単に塩を入れすぎてしまったからだ。

「いこうか、見送り」

赤司くんのそんな言葉に、私は珍しく動揺して箸を地面に落してしまった。それを見て征十郎くんも珍しくくすくすと笑った。まったく、こんなにほっこりした雰囲気は慣れていない。調子がくるってしまうではないか。


出発の日は、存外すぐにやってきた。両親は引越しの準備のために一足先にいってしまった。私が友達に会いたいからあとで一人で行くね、と言うと少しだけ驚いた顔をして珍しいわねと言われた。失礼な話だ。私だって友達くらい存在する。あまり数は多くないけれど。昼間のホームにはやけに生温かい日差しが差し込んでいた。思ったよりも人がまばらで拍子抜けする。征十郎くんが私のために入場券を買ってホームまで入ってくれて、それも少しだけ意外だった。部活はいいの?と、そんな言葉を喉もとでせき止める。征十郎くんの決めたことだ。私が口出しをすることではない。電車が来て、私は乗車していく客に続いて一番最後に乗り込んだ。そのままくるりと振り向いてありがとうと言おうとすると、それを遮るように征十郎くんが口を開く。

「あのなあ、なまえ」
「なあに」
「君は気にしてないようだったけど」
「…」
「なまえのこと、好きだったよ、ちゃんと」
「…そうなの」
「ああ、本当に」
「…そっかあ、もっと早ければなあ」
「そうだな、…悪かった」
「ふふっ、最後にそんな顔する征十郎くん見れてラッキーだったな」
「オレは今ばつの悪そうな顔をしているだろう」
「してるよ」
「…電車が、出るな」
「さようならだね、征十郎くん」
「ああ、さようなら。なまえ」

征十郎くんが言うか言い終わらないうちに、扉がぷしゅううと音を立てて閉まった。ガラスの向こう側で征十郎くんの口がゆっくりと動く。なんて言ってるか読み取れたような気がしたし、読み取れなかったような気もした。代わりにできる限りきれいな顔でほほ笑んだ。彼が最後に見た、記憶に残る私の顔が、どうか安らかなものでありますようにと祈りながら。電車が発車して、少しずつ征十郎くんがいるホームから離れていく。慣性の法則だ。人間は進み続ける生き物なのだ。私も征十郎くんも、一回動いたらもう簡単には止まれたりしない。ずれていくばかりだ。それを彼だって私だってちゃんと理解していたのだと思う。私、好かれていたのかあ。ホームが完全に見えなくなる前に、席に移動した。指定されていた席は隣がいなかったので、窓際に座って外を眺めた。景色がすごい速さで変わっていくのをぼんやり見つめる。あっけなかったなあ、思ったよりもずっと。
カバンの中からアイポッドを探している途中でようやく気付いた。遅すぎたそれに思わず笑みがこぼれるのに、なぜか手が、震える。叶っていたんだなあ、いつのまにか。

私、最初から彼の中で永遠になりたかった。





してたぜベイベ

「なまえのこと、忘れない」



豆電球さん リクエスト ありがとうございました!
(120811)