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なまえ先輩の瞳の淡さに、オレはひどく憧れていた。
汗臭い体育館の中でせっせと働くマネージャーには頭が下がるばっかりだ。オレらは自分が楽しくてやっているだけだけどマネージャーは話が違う。あの人たちは何が楽しくて人の世話なんかに貴重な高校生活を費やしているのだろう。以前なまえ先輩に聞いたとき先輩はなんて答えたっけ。オレはぐるぐる動く彼女の瞳にばかり気を取られていてあんまりはっきり覚えていない。

「すいません、ちょっと抜けていいですか」
「ああ?どうしたんだよ緑間」
「いや、ちょっと…」
「て、なんだおめえ、血ぃ出てんじゃん!早く消毒しろって!おい!マネージャー!」

宮地先輩がやけにでかい声で叫ぶ。まったく、普段はひどい言い方してる割に素直じゃない人だ。エースが緑間ということを誰より理解しているのはなんだかんだ言ってこの人だろう。この人は努力の大変さを知っている。そして血の滲むようなそれをこいつがこなしてきたことも。こんなときひどく慌てるのがいい例だ。大体この部、ツンデレが多すぎなんじゃねえの?と常々思う。練習が終わったというのにレギュラー陣は自ら居残って各々で自主連をしている。強制というわけではないのだろうけれど、最初は少し、息苦しかったっけ。集団行動の苦手な緑間が従うのはこの自主連への参加くらいだ。はーい、と、水道場の方から声がする。なまえ先輩の声だ。オレは飲み物を取りに行くふりをしてさりげなく体育館の入口付近を占拠した。どうしたの?と後ろからみょうじ先輩の声がする。予想通り、ビンゴ。あーなんか、真ちゃん怪我しちまったみてえっスよ。まるでさっきからずっとここにいましたみたいな顔をしてそういうとなまえ先輩はひどく慌てた顔をした。ええ、なにそれ、やばいじゃん。すぐ消毒しなくちゃ。そう言ってオレの横をすり抜けていくなまえ先輩の腕を、無意識でオレは掴んでいた。ぐ、と突然の強制停止になまえ先輩の体が傾く。態勢を戻すと不思議そうな顔をした。大きく見開いた瞳の中で、淡い色がゆらゆら揺れる。ああキレイだ。この色になんて名前をつければいいんだろう、薄識なオレにはとうていわからない。

「どうしたの?高尾くん」
「…あ、いや、なんでもないっス」
「…?なんでもないなら、離してほしいなあ、この手」
「ういっス」
「もう、意地悪はやめてよね。ほら、緑間くん見てるよ。私早く行かなきゃ」
「…先輩目ぇ泳いでるっスよ」
「そうかな?」
「真ちゃんには見られたくなかった?」
「…」
「好きなんスよねあいつのこと」
「…どうだろうね」
「じゃああいつがなまえ先輩のこと好きっていうのも、気付いてる?」
「…」
「…」
「…あは」
「ははっ、ナニソレ」

驚いたような顔をしたかと思うと、先輩はとぼけたように笑う。その拍子に目が細くなって、瞳の奥のその淡さが見えなくなった。ほっと胸を撫で下ろす。そうやってずっと、オレの目を眩まさないでいてくださいよ、頼みます。言外で訴えてみたってきっとあんたには届きやしない。高尾くんのそれはほんとに怖いなあ、バスケにだけ通用するんじゃないんだね、緑間くんには秘密だよ絶対に。なまえ先輩の言うそれ、というのがオレの目のことだと気付いた。だけどもうずいぶん前からオレはあんたの瞳しか見えてない。って思うくらいにはあんたにぞっこんだ。誰かをいとしいと思うとき、瞳ってなんつうか、柔らかさがぐんと増すんだな。知らなかったわ。なまえ先輩の手を、ようやくゆっくりと離した。緑間がさっきからちらちらとこちらを見ているのが分かるのは、この目のおかげなのかそれともこの目のせいなのか、結局オレは今だってはっきりとは表現できない。先輩が緑間の名前を呼ぶ。遠ざかっていくポニーテールがふわふわ揺れた。なあ聞いてるかなまえ先輩。あんたがこっちを見てくれなきゃ意味がないんだ。向かい合わって目が合わなきゃこの瞳に意味なんてない。いくら褒めてくれたってあんたが欲しいって言ってくれなきゃ意味がないんだよ。こんな目なければ。わかんなくてすんだこともあったかもしれないのにだけどこの目があるから見えるものがたくさんあって、いらない、いる、いらない、いる、いらない、いる、いらないいらない、でも。欲しい。欲しいなあ。なまえ先輩の淡いそれは。柔らかくなんかならなくていい。いっそオレのために歪ませてくれたっていいんだ。
それからさあ、なあ真ちゃん。俺さあ、これからだってちゃんとお前にパス繋ぐし、なんならおしるこもこれから先ずーっと奢ってやってもいいし、リヤカーだって三回に一回はオレがわざと負けてやる。もちろん数学のプリントだって見せてなんて言わないって。でもオレ、結局じゃんけんに勝てたことねーし、おしるこ奢り続ける財力もねーし、きっと数学のプリントだって自力じゃ解けやしない。だから、だから無理なんだけど、わかってんだけど、だけど、そうじゃなくてオレが言いたいのはただ一つでよ。なあ、ホント頼むぜエース様、人生で最大のお願い。
あの人の、お前を見つめる瞳ごと、オレにくれねえ?



ふたつのまなこ




ヒロさん リクエスト ありがとうございました!
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