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がさりと郵便受けを開くと、珍しくDMではない手紙が入っていた。けっこう大きめの茶封筒にみょうじなまえ様とやけにへたくそな文字で書いてある。それをとって階段を上がる。チャイムをおさなくなったのはいつからだろうか。最初は戸惑っていたものの、もう最近は慣れてしまった。自分でもびっくりするくらいに、自分の家ではないはずのここに帰宅することが生活の一部になっているのだ。

「ただいま」
「ああ、テツくん。おかえりー」
「なまえあてに、郵便来てましたよ」
「あ、取ってきてくれたのー?ありがとう」
「…いい匂いがしますね」
「うん、夕飯、もうできてるからね!」

ぱたぱたとなまえが玄関のほうに走ってくる。エプロン姿はいつみても可愛らしい。ボクの手の中から封筒を半ば強引に奪って、なまえはリビングに走っていった。靴を揃えてからボクもそのあとに続く。

「なんですか、それ。やけに汚い字で宛名が書いてありましたけど」
「えー?汚いとは失礼な!えっとね、これね、10年前に書いた自分宛の手紙なの」
「…へえ」
「テツくんの地域ではそういう行事、なかった?」
「ええ…思いつく限りでは」
「じゃあ私の地域だけなのかもねー。お母さんに、送ってくれるよう頼んでたんだ」

やっとついたー、と、その場で回りながら封筒を抱きしめる。サラサラの髪が揺れた。

「開けてみよー」
「それ、ボクも見てもいいですか」
「えっ!恥ずかしいなあ…うん、一緒に見よっか」

二人でベッドに腰掛ける。なまえは封筒を開けた。中に入っていたのは二枚綴りの作文用紙だけだった。なかなかに芸術的な字だ。何も言わずに彼女の顔を見ると、これが当時の私の精一杯だったんだよー、と少しむくれた顔で言われた。 

「…なまえ、読んでくださいよ」
「うわあ、結構ほんとに恥ずかしいんだけど…まあいいや、読むよ?笑わないでね?」
「それはなまえの文章力次第です」
「ひぃ、テツくん本たくさん読んでるから厳しそうだ…」

なまえが口を開く。『10年後の私へ。こんにちは、まだ生きていますか。』

「…なかなか、シビアな子供だったんですね、なまえって」
「わー、うん、自分でもちょっと…引くかもしれない」
「まあいいです。さ、次々」

なまえが読み進めていく。顔の色が赤くなったり青くなったりと、その顔を見ているだけでこっちのほうが面白い。声が小さくなりながらも、ようやく終わりの方まで来たようだ。

「追伸、カレシ、できてますか?でも、私なんかを好きになってくれる人なんてできるのかな、ぎもんです。だけどできてたらいいなあって思います。」
「よかったですね、できたじゃないですか」
「『追伸の追伸、今、幸せですか。幸せだったら、今の私も、とても、うれしいです。』」
「…なまえ」
「ん?なあに」
「今、幸せですか」
「…もう、聞かなくても分かるでしょ」

照れたように、なまえが笑った。彼女がぽんぽんと跳ねたためにベッドが軋む音がする。絶対にわかっていることを確認する作業がこんなに楽しいのはなぜなんだろうか。恋人同士、というだけですべてのことが特別に変わるのだ。

「10年、ですか」
「ね、長いようで短かったな」
「まあ、いろいろありましたしね」
「テツくんとはもういつからの付き合いだろ?わかんないくらい長いねえ」
「今こうやって一緒にいるんだから、凄い話ですよね」
「そうだよね、やっぱりこの出会いは運命だったのかも!」

なまえは一言で言えばロマンチストというやつだ。運命やら甘いメロドラマやら、そんなものが大好物。泣ける系の映画も大好物。ボクがあんまり意味が分からなくてつまらなさそうな顔をしていても、隣でぐしゃぐしゃの顔を晒していたりする。溜息をついてしまうけれど、そんな素直で優しい彼女が、やっぱりボクはいっとう好きだ。

「じゃあとりあえず、運命とやらについて語りながら夕飯でも食べましょうか」

唾を飲み込み生きていることを確かめる。なまえの肩を抱き寄せると一番近くで心臓の音がした。ああ、愛しい。ついでにこれ以上ないくらい幸せだ。なまえもボクも、悲しいことが、傷つくことがなかったわけじゃない。つまらないケンカも重大なケンカもたくさんして、それ以上にもお互いいろんなことがあった。痛みも十分に覚えたし、失くしたものも、もちろんあるだろう。だけど、多分それでよかったんだと、そう思える。彼女の笑顔をこれからずっと、見ていられたらいい。希望的観測など滅多にしないのだけれど、運命、なんて都合のいい言葉を信じてもいいなと思うくらい、今のボクは気分がいい。彼女の手をとって立ち上がる。さて、今夜の夕飯はなんだろう。


I want to live with you



『10年前の私へ
こんにちは、今はとても暑い夏の日です。あなたが手紙を書いたのはちょうど秋口だったのではないでしょうか。この前は素敵な手紙をありがとう。今よりもずっとへたくそな字で(今でもよっぽど下手だけど)、やけに強い筆圧で書かれたその文字に、なんだか感動すらしてしまいました。私は、元気です。もちろんなんとか、生きてるよ。忙しいような暇なような、曖昧な毎日を過ごしています。だけど今、とても幸せです。そりゃあこの10年、楽しいことばかりじゃなかったけど、でも、これだけは言える。私は今、幸せです。この10年間で、いっぱい失敗もしたし、友達と喧嘩したり挫折したり、きっとあなたが今思っている以上に、苦しかったりつらかったりすることが、これからたくさんあると思う。それでも私はちゃんと生きてます。それだけじゃなくて今、隣にすごく素敵な人がいてくれます。私のことを、きっと一番に大事にしてくれる人が、私にもできました。嘘じゃないです、本当に。失ったものも、もちろんたくさんある。それでもあなたがもっていないたくさんのものを、私はいつの間にか手に入れていたみたいです。だけどね、10歳のあなたと同じくらい、今はやりたいことがたくさんあるの。あなたほどもう若くはないけれど、それでも世界というのはこんなに広いのだということを知りました。それはすごく幸せなことだと思う。あなたもきっといつかそれを知る日が来るのでしょうね。それではまた、どうか大切に、一日一日を過ごしてください。頑張らなくていい、他の誰でもないあなたの意思で、あなたのしたいことを、たくさんしてください。
追伸、上にも書いたけど、彼氏はできました。澄んだ色の瞳をした、真っ直ぐな人です。優しく頭を撫でてくれる、とても素敵な人です。未来なんてわからないけれど、私は彼を愛していると、そう思えます。何度もしつこいかもしれないけれど、だけどもう一度。
私は今、幸せです。
夏の暑い日に みょうじなまえ』



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