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ホットコーヒーの湯気は、どうしてこんなにも人を寂しくさせるんだろう。椅子に座って机に足を投げ出しながらしみじみ考えた。デスクライトだけが灯っている部屋の中はひどく薄暗い。その明かりが届かないところにあるベッドでは涼太が寝息も立てずに転がっている。暗すぎてその顔色まではここからじゃ確認できない。 私のつま先を大事に包む靴下を見つめた。これは涼太が買ってきてくれたものだ。きっとなまえに似合うと思って、なんてやけにクサいセリフを吐きながら、だけど頬の色はまるで少年みたいな色に染めた黄瀬涼太は、やっぱりいつものようにあべこべだ。なんで私なんかを相手してくれるんだろうと、常々思う。私がどうして彼の眼鏡に適ったのか、何度考えても分からなかったので考えるをやめてしまった。それでも愛を感じないわけじゃない。それはもう痛いほどに、全身に伝わっているこの感情を愛と呼ぶのだろう。 ベッドのほうでむにゃむにゃと、漫画みたいな声が聞こえる。きっと今涼太は笑っているのだろう。手に取るようにわかる。振り返って思わず笑みがこぼれる。なんだか爪先が寒くなってきた気がしたので、椅子の上にできるだけ小さくなるように体操座りをした。キャスターがきゅるると動いた。はあ、と、もう一度ため息をついた。砂糖の入っていないブラックコーヒーはもちろん黒いただの液体で、醜いことこの上ない。涼太の明るい金髪がさらさらと揺れるところが、私はいっとう好きだった。そう、いとおしかったのだ。これ以上ないくらい、本当に。その大きな瞳も、優しい掌も、全部。 嘘じゃない、全部ほんとうだ。

「届かなかったなあ」

コーヒーを飲む、苦くて無意識に顔をしかめる。わかんなかったなあ。届かなかったなあ。結局、やっぱり、私はダメだったなあ。いつからかもうずっと終末の合図が聞こえている。だけどそれを告げてしまえば、幸せそうに眠る涼太の顔が、むごたらしく歪むのが手に取るように想像できていた。だからと言って彼のせいにしてしまいたいほど、彼の腕の中は私には心地よすぎたのだ。コーヒーを、そのままぐいっと飲み干す。喉が、同時の瞼の奥の名前も知らない部分が熱かった。マグカップを机の上において、電気を消してベッドに戻る。

「…涼太、起きてるの」

声が震えた。答えは返ってこなかった。だけどもし返ってきたとしても、私には無視することしかできないのだ。それが私に許された、最後の許容だ。そう、許容。涼太にはそれが多すぎたし、反対に私には足りなさすぎた。ありがとうもごめんなさいも、許してくださいという言葉だって彼に伝えたいことは山ほどあるはずなのに、きっと私は明日涼太の瞳を見つめることはできない。分かっている。彼の背中にぴったり寄り添って目を閉じた。できることなら、今夜は涼太の夢を見たいなあ。どうかその夢の中で彼が笑っていてくれますように、せめて、今だけは。終幕はすぐそこまでやってきていた。アンコールは聞こえない。

きみなしでだって生きていかれるから泣かないでいて


title by 月にユダ
(120804)