いつもバスケばっかりやっている大輝が突然なにかお返しがしたい、夏らしいことをやろうと言い出した。夏らしいこと、何があるだろう。二人で頭を抱えて考える。夏祭りは大輝が居残って体育館で青春の汗を流している間に終わってしまったし、今から海は少し行けそうにない。で、考えた結果、二人で花火をしようという結論に辿り着いた。二人で花火を買い漁る。シーズンだからかたくさんの種類、サイズの花火が売っていた。お小遣いを二人持ち寄って、できるだけ安くってたくさん入っているものを選りすぐった。二人乗りをして河原に着いたころには辺りはすっかり暗くなっていた。コンビニで買ったオレンジジュースの一リットルパックを大輝があっさり飲み干し、河原の水をそそぐ。即席バケツの完成だ。 「よっし火ぃつけっぞ」 「大輝ライター慣れてなさすぎでしょー」 「だってバスケにライター必要ねえじゃん」 「ほんとにバスケのことしか考えてないんだね…」 「当たり前だろ。バスケを好きなやつに悪いやつはいねえ!俺の持論だ!」 「はいはいそうですね、その持論も聞き飽きました」 「なんだよ、なまえだってバスケ好きだろ」 「まあ、嫌いだったらマネージャーなんてやらないかな」 バスケを好きというのももちろんあるだろうけど、それ以上にバスケをしている大輝が好きだなんて言ったら、大輝はきっと私を軽蔑するだろうなあと思った。しゅば、という音がして最初の明かりが花火に点った。そっからはもう一瞬だった。大輝が花火を振り回すのを、私は必死に避けることに神経を使った。少しでも多くと思って買った花火も、どんどん即席バケツに突っ込まれていく。 「ちょっとお、もうこれだけじゃない」 「げえ、線香花火かよ」 「せっかくあんなに買ったのに」 「オレ、これあんまり好きじゃねえ」 「なんで」 「淡ぇじゃん、なんか。オレはもっと強いばちばちってしたやつのが好きだわ」 「そこがいいんでしょ、大輝は風情ってもんがわかってないよね!」 仕方なく二人して川べりに座って、大輝のライターで火をともす。ぱちぱちと光が弾ける。それを黙って見つめていた。 「…もう、夏も終わるね」 「そうだな」 「結局今年の夏もなんにもできなかったなあ」 「バスケしてただろ」 「そりゃああんたはね、もう来年受験だよー、信じらんない」 「まあオレはテキトーに進学すっけど」 「大輝は引く手数多だしね」 「別に、バスケできればどこでもいー」 「…私は、怖いなあ」 そう言った瞬間に手に持っていた線香花火が消えた。もう一個取り出して火をつける。とたんにばちばちと音がした。そうだ、私、怖いんだ。こんなふうにいつか突然火が消えてしまったら。私はどうすればいいのだろう。大輝だって、さつきだって、どうしてみんな、外の世界にそんな簡単に踏み出せるんだろう。私本当は、私だけの箱庭で大輝を飼い殺したいんだ。大輝と私しかいない王国は、きっと世界一私に優しい。停滞って、とてつもなく楽だ。前進することで得られるほかの全てが霞んでしまうくらい。永遠なんて存在しないことを、そんなものが幻想であることを、私は知っている。終わらないものなんてない。ならばずっとここにいたいんだ。ここでずっと、大輝やさつきや黒子くんや赤司くんや、みんなとずっと笑っていられたら、それ以上の幸せってきっと、ない。来てしまう明日も逃げていく昨日も全部いらない。私は今だけが、永遠に続けばいいといつも願ってやまないんだ。ぼおっとしている間に大輝の花火が消えた。神様は永遠なんて、くれやしない。 「私、馬鹿だしなあ、受験受かるかなあ」 「ダイジョーブ、なまえはオレのために勉強頑張ることになっからぜってー受かるって」 「何その自信、尊敬しちゃう」 「たりめーだろ」 「…ほんと、尊敬しちゃう。私は大輝になりたかった」 「何言ってんだお前」 「大輝はすごいよ、私は大輝みたいに強くない。そんなにはっきり言えちゃうほど好きなものもないし、頭もよくないし、私はいつも中途半端だ。世界が広がるのが、怖くて仕方ないよ」 「んだそりゃ」 「…大輝が離れてっちゃうのが、怖いの」 「…あのさあ」 「なんちゃって、うそうそ。ほんとはそんなに深刻に考えてもないから、大丈夫」 「…」 「あーあ、夏。終わってほしくなかったなあ」 「なまえ」 「なあに?」 「もっとでっかくなって、もっと金が自由になったら、今日買ったよりずっとたくさん買ってさ、今度はオレの運転で海なんか行っちゃってさ。そんで、やろうぜ。花火」 「…」 「だから、おめーはそれまでオレの隣で笑ってろ。そんで、オレがバスケしてんの見てろ」 「…私なんかで、いいの」 「ばあか、なまえだからいいんだろ」 大輝の横顔をぼおっと見つめる。愛の意味なんてまだよくわからない。だけどこれから先、自分がこの人の隣にずっといるのだろうなあということを直感した。もしこれから大輝が乗り越えられないほどの失望が彼の前に立ちはだかっても、どうかそのときは彼を支えてあげたいと思う。どんなに彼が腐ったって、私が引き戻してあげたい。月並みな言葉だけど、私は本気でそう考えているのだ。私が満足にできるのは、きっとそれくらいだ。中学のこの幼い恋が、だけど永遠に続きますように。私はやっぱり、浅ましいくらいに永遠に焦がれている。ぽてり、線香花火が二つ同時落ちて、最後の明かりが消える。唇から伝わる大輝の熱と夏の暑さに、私はただただ酔いしれていた。 夏の終わりに死にに行く 彼方さん リクエスト ありがとうございました! (120803) |