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「なまえっち?」
「…黄瀬?」
「う、わ。ちょー久しぶりっスね!やっべえ、いつぶり!?うわー!」
「あー、…ね、黄瀬。私払うから、ちょっとどいて」

オレらの後ろに並ぶ人がわらわら増え始めたことに、興奮していたオレは気付かなかった。店内で飲むはずだったコーヒーを、結局なまえっちはオレの分まで購入し、テイクアウトという形にした。彼女の後ろに続いて店を出る。後ろから店員のありがとうございましたーという間延びした声がした。車道沿いを、まるであの頃みたいに並んで歩く。もちろんオレが車道側だ。

「久しぶりだね」
「あー、そうっスね、いつぶり?」
「高校卒業して以来だから…」
「うわ、想像以上だ」
「そうだね」

なまえっちはくすくすと笑った。手に持ったコーヒーの水面が揺れる。びしっと真っ直ぐな背筋はあの頃と変わんなくて、少しだけ安堵した。

「なまえっちは変わったね」
「そうかな?歳だけとっていってる気がするなあ」
「綺麗になったっス」
「はは、調子がいいなあ、もう」
「本当っスからね!信じてないだろー」
「はいはい、ありがとう」
「…オレは、変わったっスか」
「はい?」
「あー、ごめん!なんでもない!」

オレは彼女が、好きだった。あの頃、というよりは今でも、ぼんやりと昔を思い出してしまうくらいには。今日会えたのもただの偶然なのだろうけど、それを運命じゃないかとくだらない妄想をしてしまうくらいには。大体学生時代、どうして別れてしまったのかもよくわからない、というか、あんまり覚えていない。とにかくフラれたのだから自分が悪かったのだろうとは思う。会ってしまったことで一気にあの頃の思い出が鮮明に戻ってきた。

「黄瀬は変わらないね」
「そうっスか?」
「そうやって自分より他人を優先しちゃうところ、あの頃のまんまだ」

なまえっちは今度こそ、哀愁が滲む顔で笑った。あの頃の俺らには、決してできなかった表情だろう。

「私は黄瀬の、そういうところが嫌いだったよ」

なまえっちが大人みたいな顔で寂しそうに笑った。あの頃から、オレはなんにも変わってないつもりで、もちろんそれはなまえっちは同じだと思っていたのだ。だけど違ったみたい。時間というものはこうも残酷だっただろうか。あの頃。将来はあんなことできたらいいね。あそこにいこうね。バスケもっとうまくなって勝ちたいなあ。じゃあ私は料理もっと上手になる。ずっと一緒にいようね。そんな風に未来はいつだって明るかった。そうやって過ぎていく時間が、愛しかったはずのに。心臓がじりじり焼ける、臭いがした。オレの気持ちはくすぶったままで、結局なんにも成長していないのかもしれなかった。それこそ彼女が嫌いだといったように。今までひた隠しにしてきた凶暴な自分が顔を出そうとする。

「じゃあ、私はこっちだから。帰るね黄瀬」
「え、あ」
「お金は結構です。久しぶりに会えたし激励ってことで、財布締まって。お仕事、ちゃんとやんなよー!」
「ちょっとなまえっち」
「じゃあねー」
「聞けって!」
「…は?」
「逃がすと思った?」
「な、に笑ってるの」
「なまえっちさあ、勘違いしてるっスよ」
「…意味、わかんないよ」
「オレが、一回不注意で失くしたもんやっと見つけて、そのまま離すと思ったっスか?」
「やめて、さわんないで」
「離さねーよ、もう二度と」

手首を掴んでそのまま引き寄せてみると抵抗していた割に案外簡単になまえっちは胸の中に倒れてきた。うなじに顔をうずめると小さくオレの名前を呼ぶ声がした。ふんわりと清潔そうなシャンプーのにおいがする。なまえっちの体が、小刻みに震えてから、ようやくその手がオレの服の裾を掴んだ。その事実に安堵している自分がいる。ああ、やっと手に入れた。愛しい愛しいオレだけの、君。ごめんねなまえっち、やっぱりオレ、何も変わってないみたいだ。成長できていないみたいだ。ただ、君に見せなかったオレが、ようやく前に出てきただけ。だってオレ今、君が、欲しい。他人より自分を優先してしまうオレを、君は愛してくれるんだろうか。そんなことを考えてもね、実はもう遅いんスよ。だって君にはもうオレしか見えないよ、まあオレはもっと前から君しか見ていなかったんだからお相子っスよね。やっと掴まえた。もう離さない。ぐちゃり、殻が破れたような音がした。やっと孵化したこの感情は果たして愛情というものだろうか。





腐乱臭



みやさん リクエスト ありがとうございました!
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