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水道をきゅっと捻って出てきた水は想像以上に熱かった。灼熱の太陽の下では蛇口すらも焼かれてしまったらしい。しばらく待っていると徐々に徐々に水が冷えていくのが分かった。喉が水を欲してぎゅるぎゅる鳴った。水を飲もうと少し前傾姿勢になると余計に感じるうなじへの太陽熱がウザったくて仕方ない。

「お、みょうじじゃん」
「ぶはっ、…って笠松かよー。いきなり話しかけんな!どうしてくれんの、Tシャツにかかっちゃったじゃん」
「うっわきったねーなお前」
「あんたのせいなんだけど!うぜー!」
「にしても…あちーなあ」
「まあ夏だからねえ」
「体育館やばくね?」
「まじでヤバい。もう何年も体感してるけどあれはヤバい。てか男バスも休憩?」
「おお、ちょうどさっきからな」

水道場の横に並んだ笠松はすぐには水に顔を近づけず、冷たくなった頃合いを見て、水を飲みだす。ごっきゅごっきゅと動く喉仏をぼけっと見つめていた。

「黄瀬くん人気すごいねえ」
「まあな…ただでさえ暑い体育館が余計に暑くなる」
「笠松先輩にはファンはいないんですか?」
「ほっとけ」
「ははっ、…熱心だねえ男バスは。女バスもっと練習したほうがいいって思われてんだろうなあ」
「…まあ、そんなん部の方針だろ」
「難しいよね、なかなか。ヒラ部員の立場じゃなかなか口にも出せませんし」

笠松が顔を上げたころ、蛇口をきゅ、ともう一度捻った。すぐに透明の水がじゃあじゃあと流れ出してくる。

「たとえばさー」
「あ?」
「この蛇口だってさあ、最初は熱いけどしばらくしたら冷たくなるのわかんじゃん」
「…おお」
「そうやって、ぜえーんぶ最初から見通しがついてたらいいのになあって思う」
「…何言ってんだお前」
「うん、多分バ笠松には分かんないと思うな」

ため息をつく。練習する。そうすればうまくなる。これ以上ないくらい明確な成立条件。頑張ることは、本当は簡単なのかもしれない。だけど頑張り続けること、それはとても難しい。だって未来は不明瞭だ。この努力が全て無駄になってしまったら?そう考えるとどんなことにだって、足がすくむ。だから人に流されるというのは存外楽なものだ。自分に責任が発生しないし、適度に頑張ったからと自分に言い訳もできる。自分の中で、自分を悪者にする必要がない。とても、楽。精神的にも肉体的にも。なんというか、恥ずかしい。努力するのを馬鹿馬鹿しいとかは決して思わないけど、言葉にするのならこれだ、恥ずかしいんだ。周りに無駄なのになあ、って思われることも、あんなに頑張ってるのにねえって憐れまれることも、全部恥ずかしい。それに尽きるのだ。努力が全て花開くと思い続けるには私はもう大きくなりすぎてしまった。だけど同時に思うのだ。だってだって、ってこれからも私はずっと自分に言い訳し続けるのだろうか。そんな不安に、たまにかられることがある。罪悪感とも似つかないその感情はふとしたことで表に出てくるからいけない。

「まあでも、もう少し頑張ればいーのにとは思う」
「デスヨネー」
「…オレの座右の銘知ってっか?」
「そんなんあんの。知るわけないでしょ」
「日進月歩。成長してないように見えても人は日々進んでんだよ。…あー、つまりな、努力してないつもりでもお前すでに頑張ってんだってこと」
「…はいドヤ顔きましたー」
「なっんだよおまえ、茶化してんじゃねえ!シバくぞ!」
「はいはいアリガト―ゴザイマスー!参考になりましたキャプテン!」
「お前マジで女じゃなかったら蹴り飛ばしてるわ…」

笠松の顔が歪むのを見ながらまた笑った。そうかなあ。怖いなあ。むだになってしまったらって、やっぱり考えてしまうよなあ。そんな風に言えるのは、多分笠松がとても強いからで、私は多分、そんなに強くない。ああいやだ。こうやって自分に言い訳ばかりして結局何もしない私が、私はほんとに嫌いなんだ。
だけどそう宣言してくる笠松は凄く真っ直ぐだ。傍から見たって、恥ずかしさなんてまったく感じない。…本当は私だって、笠松みたいに、なりたい。

「…ねえ、まだ、遅くないかなあ」
「は?」
「私、頑張ってみようと思って」
「さっき言っただろーが。日進月歩。今までだって毎日努力してきてんだ。遅すぎることなんかねーよ、バアカ」

笠松がにやりと笑った。ちょうど強大な敵を前にするとき、多分こいつはこんな顔をするのだろう。暑さで張り付いたTシャツと握りしめた手の中の汗が鬱陶しい。なんだこいつ、ちょっとかっこいいじゃないか。恋が始まるのだと確信した、それは空がやけに青い、高校三年生の夏の、始まり。



ストロング



サマー



ブルース


HAPPY BIRTHDAY 笠松!
(120729)