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潮騒の、音がした気がした。「おい」声がかけられたのが自分だと思って振り向くと花宮が大きく振りかぶっていた。―――は?言葉を紡ぐひまもなく、花宮の手から投げられたそれが全速力で飛んでくる。野球部ではないにも関わらず綺麗なそのフォームについ目が奪われてしまう。はっと我に返った。おいおいおいおい危ないんですけどお!こちらに飛んでくるそれに対して何もすることができず、咄嗟に目を閉じて膝を曲げる。 顔を両手で覆った。花宮が投げたそれはぐしゃりと足元に落ちたようだ、―――ぐしゃり?つぶれたようなひしゃげたような、耳に不快な音が聞こえる。ガラスが割れるような凶悪な音ではなくて、もっと柔らかで内側から私を蝕んでいくような、そんな音だ。静かな堤防だからこそ、その音はいっそうはっきり聞こえた。私は顔の前に置いた両手をどけて恐る恐る目を開く。足元に落ちていた粉々の物体はしかしよく見かけるものだった。「…え、林檎?」「食えば」「いや無理だから!どういうこと!」「お前うぜーわ」「…バスケ部のくせにへたくそ」「ばーか、わざと足元に落ちるようにしたやったんだよ」にやにやしながら、花宮がこちらへ近づいてくる。地面に散乱した、かつて林檎だったものの破片が蜜でてらてらと光っている。この上なく統一性のない風景だ。にやにやにやにやと、イモリかヤモリか覚えてないけど体温が低い動物のような瞳だ。ぞっとするほど色がないその瞳は、そう、なんていうか、言葉で表現するなら気持ち悪いというのが的確な気がする。「うめーわ」「…なんであんたばっか食ってんのよ」「みょうじがキャッチしなかったんだろクソが」「クソじゃないんですけど」しゃくり、と目の前の花宮が林檎を咀嚼する。真っ赤な唇のような林檎が、少しずつ花宮に齧られて、削られて、胃液と一緒になっていく。私はそれを黙ってみている。「はは、それ、お前みてえ」薄ら寒い笑いを浮かべながら、地面に散乱した林檎を指差し花宮が言う。「…うるさい」散り散りになった林檎に心から謝罪したかった。花宮のせいで。もし花宮がちゃんと投げていたら私がおいしく食べてあげたというのに。可哀想だなあ、憐れだなあと、ただ思う。それからこんなに可哀想でも憐れでも、自分のせいじゃなくても誰もどうにかしてくれない、助けてくれないんだなあって思った。花宮が、いつもみたいに笑う。笑うだけだ。笑うだけで、怒ることも励ますことも慰めることも、花宮は何一つしてくれなんかしない。たとえばここから真下の水面に突き落すことも、深海の闇から引っ張り上げることだって、なんにもしてくれない。こいつが私を救ってなんかくれないことを、多分私は最初から、当たり前のように知っていたのだ。





なんで海にいるかとかは置いておいてほしい。
(120727)