思えば、木吉は、最初っから、私に優しかった。出合った時から、付き合い始めた時も、今だって、ずっと変わらず優しい。私を見る目はいつだって柔らかくて、慈しむみたいな色をしている。だから知らなかった。バスケの試合中、木吉の目があんな風に鋭くなるのを。あんな瞳の色を携えることなんて、私の前では決してありえなかったからだ。 木吉の部屋で、借りてきた洋画のDVDを鑑賞する。これは私が見たくて借りてきたのだけど、正直期待外れだった。完全にチョイスミスだ。横を見ると木吉も眠そうに瞳を潤ませている。たまに大きな欠伸をしていた。こんなことなら二人で公園にでも行ったほうがよかったんじゃなかろうか。バスケットボールを抱えて、そしたら歩いてる途中にちょうどいいストバス用のコートなんか見つかったりして、そこで私は木吉がシュートを打ったりドリブルしたりするのを眺める。そのほうが木吉はもっと楽しそうに笑ってくれるんじゃないだろうか。 「あのさあ、」 「ふあああ…ん?なんだ?」 「私は、木吉になんにも返せてない気がする」 「どうしたんだいきなり」 「私、あんまり性格よくないよ」 「…?知ってるけど?」 「…あと、あんまりかわいくないよ」 「知ってるって」 「…素直じゃないし、意地っ張りだしさあ」 「そんなの最初からそうじゃないか」 「…あの、少しはフォローしてほしい」 「え?ああ、悪い悪い」 「…あのね、だから私は、こんな私に付き合ってくれる木吉を凄いなって思ってて、だけど、おんなじくらい、」 そこまで言って、木吉がまっすぐ私を見ていることに気付いた。眼光が鋭くって、つい息を飲んでしまう。その次に紡ごうとしていた言葉を、唾液と一緒に飲み込んだ。 「悪いとか、申し訳ないとか言ったら、怒るからな」 「…」 「…怒るぞ」 「…なんでよう」 「…」 「なんでそんなに優しいのお」 ぶわりと、堤防が決壊して涙があふれ出る。なんでそんなに優しいの。なんで怒ってくれないの。そんなに私に興味ない?本当は私のこと、好きじゃない?言いたくて、言えなくて、苦しくて仕方なかった言葉は木吉を前にしてもやっぱり紡げない。私、そんなに簡単に素直になれない。大粒の涙がカーペットに染みを作っていく。握りしめた両手に爪が食い込んで痛かった。こんなに木吉のことが好きなのに。私の好きは、ねえ、ちゃんと木吉に伝わってる?私が木吉を思って、泣く日があることを知ってる?私が変わってあげられればいいのにって、不可能を本気で願っちゃうくらい木吉を、膝だけじゃなくて木吉自身を心配していることを知ってる?ちゃんと、伝わってる? 「なんでも何も」 「うう、あー、も、やだー」 「そんなのなまえのこと好きだからに決まってるじゃないか」 「…え?」 「…え、ていうか、なまえはオレのこと好きじゃないのか?」 「…ううん、好きだよ、大好きだよ。こんなに好きにさせといて、今更、何言ってんの」 「びっくりした。じゃあ、問題ないじゃないか」 「…そうかなあ」 「それにな、」 「…うん?」 「オレは可愛がられるより可愛がりたい性格なんだよ。だから、なまえは黙って可愛がられとけばいーの、そんで」 「お前はお前なりの愛で、精一杯オレを愛してください」 木吉が笑う。にこりっていうよりはふにゃりって感じ。ふいになんだか、すごく触れたくなって、木吉の顔に手を添える。木吉が少しだけ驚いたような顔をした。彼の大きな、世界中全部の幸せを全部掴んでもまだ余っちゃいそうなくらい大きな手が、私の髪をくしゃりと撫でる。くすぐったくって目を閉じた。「かわいいやつめ」キスが降ってくる。きっと私このまま、溶けてしまう。ああ、甘いなあ。 おいしいおはなし 憂琉さん リクエスト ありがとうございました! (120723) |