「みょうじー、何やってんのー、オレ早く部活行きてぇ」 「行けばいーじゃない早くー」 「みょうじが終わんねえと行けねーの」 「別にワークくらい私が出しとくからいいよ」 「そーいうわけにもいかねえじゃん、オレ、責任は果たす男ですから」 ふふん、と得意げに笑って高尾が胸を張る。いいよ、私やっとくって言ってるから部活行けばいいのに、と、本当に心から思う。高尾は優しい。というか、私に甘い。小テストのときはこっそり答えを見せてくれるし、自販機で間違えてアイスコーヒーを買ってしまったときも(ちなみに私はカフェオレを買うつもりだった)、おうオレ、アイスコーヒー好きだから交換しようぜえ、とかなんとか言っちゃってカフェオレを代わりに買ってくれたりする。後からすごい顔をして私の買ったアイスコーヒーを飲みながら、緑間くんに「嫌いなら飲むのをやめろ」と言われているところを目撃した。休み時間にはよく飴玉をくれる。高尾が飴玉って。ちょうウケるんですけど。 現在そんな高尾は私が必死こいてワークをやっている前で、机に腰掛けて本を読んでいる。彼は数学の教科係なのだ。だから数学のワークを数学準備室に持っていかなければならない。そんなときに彼の期待を裏切らないのがワタクシ、みょうじなまえでございます。当然ワークなどやっているはずもなかった。そういうわけで、この状況に至る。そんな高尾が読んでいるのはどうやら緑間くんの机の中に入っていた本らしい。タイトルの羅列を目で追うとたいそう難しそうな本だということが分かった。高尾の瞳が、上から下へと繰り返し動く。文字を追っているのだろう。 「ねえ」 「おー」 「それ緑間くんの本でしょ、勝手に読んでいーの」 「おー」 「…明日雨振るらしいよ」 「おー」 「雪も振るらしいよ」 「おー」 「…今夏なんだけど」 「おー」 「高尾はさ、なんで私に優しいの」 「おー」 「…私高尾のこと好きなんだけど」 「おー」 「高尾って私のこと好きでしょ」 「おー…って、ええ!?」 数秒遅れてようやく高尾の首が持ち上がる。目が大きく見開かれていて、蛇に睨まれた蛙とはこんな顔をしているのかなって思った。「え、違った?」「ち、がくねえ、全然違くねえ!」全然は否定のときにつける言葉じゃないんだよ、高尾は知らないかもしれないけど。知らないついでに言えば、私がもう長い間高尾に恋してたことも、知らないでしょう。 「高尾、好き」 「お、おう…!」 今この瞬間に、ほかのだれでもない、高尾を好きでいられるということ。あ、もしかしてこれが幸せってやつなのかと、私はなんとなくそんなことを思ったのです。ああ、その、高尾の頬をたらりと垂れる汗。愛しくてたまんない。 曹達水で溺死 まろんさん リクエスト ありがとうございました! (120723) |