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「#エロ」のBL小説を読む
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その日のブーケは、私には落ちてこなかった。

「いやあ、しかしまっさかお前らが結婚するとはなあ」
「やだなあ、でも、私もそれ思う」
「おいおい、ひどくねえか。オレは高校からずっと好きだったんだからな」
「ひゅーひゅーお熱いね新婚さん!」
「はいはい、幸せですよ、ダーリン」

各々が手に持つシャンパンゴールドの光が揺れる。今日は高校の友人の結婚式だ。式も終わり、二人は永遠の愛を誓ったばかり。友人のチークの色とはまた別に赤く染まった頬が、今どうしようもないくらい幸せだということを象徴しているようだった。
数年来の友達が二人をからかうように祝福している。その真ん中で新郎新婦の二人は、やっぱりこれ以上ないくらいに幸せそうに笑っていた。

「カナコ、結婚おめでとう」
「ありがとうなまえ。すっごく嬉しい」
「綺麗だなあ、ドレス。お色直し、どれもよかったよ」
「ほんとに?ありがとう。あいつが毎日毎日痩せろ痩せろっていうもんだからノイローゼで少し痩せちゃったわよ」
「はは、確かに、少し細くなったね。でも、結果オーライじゃない?」
「まあねー」
「ブーケ、とれなかったなあ」
「ふふ、ちびっこたちに持ってかれちゃったね」
「あの子たち、将来ホントに結婚するのかなあ」
「もしそうなったら、それってすごくロマンチックじゃない?」
「そうだね、すごく素敵。いいなあ」
「なまえは、氷室さんは元気?」
「うん、元気だよー。相変わらず料理のレパートリーが私より豊富なことで」
「ははっ、いいね、料理ができる男って」
「確かに。悔しいけど美味しいのよねえ。あ、今日もおめでとうございますって伝えといてって言われたよ」
「ほんとに?ありがとうって伝えといて。それから、またお邪魔しますって」
「うん、わかった」

カナコは話しかけてきた別の友人に気付くとふらりと席を移動していった。結婚しないの、とは軽々しく聞いてこなかったのはもう私たちが子供ではなくなってしまったからだろう。やけに姿勢のいい彼女の後ろ姿と明るい色のドレスが私の瞳を奪ったまましばらく離してくれなかった。友人が結婚するような歳になったのだなあと、そんな今更な事実を脳みその後ろの方で何度か反芻した。


「たーだーいまー」
「おかえり、なまえ」
「ふう、疲れたー。久々の高い靴はやっぱり体にクるわー」

玄関で靴を乱暴に脱ぎ、ドレスコードとセットで買った淡い色のストールとバッグをソファに投げ捨てる。辰也はキッチンでもそもそとジャガイモの皮を剥いているところだった。

「お疲れ様、楽しかった?」
「うん、とっても。カナコ、綺麗だったよ」
「そうか、オレも見たかったなカナコちゃん。着替えておいでよ」
「そうするー。あー、いい匂いだね」

既にスープか何かが出来上がっているのだろうか。キッチンからは美味しそうな匂いが漂っていた。寝室に行ってクローゼットに服をかける。いつも通りの部屋着に着替えたところでようやく肩の強張りがとけた。友人が結婚するような歳になったといっても、結婚式への出席はまだそれほど多くはない。やはり誰のそれでも緊張してしまうものだ。コンタクトを眼鏡に変えて、髪をヘアバンドであげてからリビングに戻る。

「ふう、すっきりした」
「…顔だけフルメイクだからなんか不安になるね」
「あはは、不安になるの?不安定ってことでいいかしら」
「うんうん、そんな感じ」

対面キッチンから辰也がふわりと笑う。帰国子女だという彼は、少しだけどこか日本語に疎い面を見せることがあった。そんなクールな彼が崩れる唯一の瞬間が、私は可愛く思えて好きだった。辰也の調理器具を持っていた手がかちゃりと止まる。

「あー…ねえなまえ、日本語と英語、どっちが好き?」
「…はい?どういうことですか辰也さん」
「えーっと、ごめん言い方が悪かった。じゃあ、流暢な英語と拙い日本語、どっちが好き?」
「…うーんと、じゃあ、流暢な日本語で」
「何それ、選択肢にないんだけど。…まあいいや」

キッチンから手を拭きながら辰也が出てきた。いやいや、意味が分からないんですけど。相変わらず泣きボクロが印象的なその顔は綺麗だ。私はきっとひどく間抜けな顔で彼を見つめていただろう。

「みょうじなまえさん」
「…はい?」
「君を幸せにするからオレと結婚してくれない?」
「…」
「…」
「…え?あ、や、…ええ!!」
「返事は改めて聞くことにするよ、さあ、夕飯にしよう」

何事もなかったように辰也がキッチンへと戻っていく。おいおいおいおいおいおい、今何を言いやがりましたかこの人は…!アメリカ帰りだからこんなに淡白なのですかそういうことですか!!頭の中で辰也の言葉がぐるぐると回って、それから消えていく。もしかして、今言われた言葉は私の妄想だったのだろうかとさえ思えてきた。辰也を追いかけて私もキッチンの中へ入っていく。

「ええ!ちょ、もっかい…!もっかい言って!聞こえなかった!」
「…もういいません」
「えー!なんでよ!あ、じゃあ英語で!流暢な英語でもう一回!」

辰也がため息をついたかと思うと私を見た。まっすぐな瞳の色は、出逢った頃から一つも変わっていない。

「From now on, I would like us to be together for ever. Will you do me the honour of marrying me?」

つらつらと唇から零れる言葉はやっぱりなんといってるのかさっぱりわからなかったけど、それを聞いた途端ばちりって、静電気みたいな感覚が体中を駆け巡って、ああそういえばこれって辰也と初めてあったときと似ているなあなんてことを、思った。いてもたってもいられなくて、ヘアバンドで顔全開、眼鏡オン部屋着なんていう一番だっさい恰好をした私は気付けば彼の胸の中にいたのです。だからクールな彼の、そのときだけやけに真っ赤な耳の色には、どうやら気付けないままみたい。

その日のブーケは私には落ちてこなかったのに、ジンクス破っちゃった!ごめんあそばせ、ああジーザス!



ペリドットの

これからもずっと一緒にいたいから、オレと結婚してくれない?


彼方さん リクエスト ありがとうございました!
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