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「#エロ」のBL小説を読む
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夏のうだるような暑さは、どこにいたって襲ってくる。それは一般的に日光を浴びないといわれるだろう体育館競技においても同じだ。大体、野球部やサッカー部など外で部活をする奴らは、やたらとオレに室内競技っていいよなあ、などと涼しげな顔で言ってくるのだが、あれだ。一言で言うなら、なめるな、ダァホ。室内競技の苦しさをあいつらは知らない。あの、体育館にこもった空気の密度と、温度と、そして湿度の高さを。あそこで暮らしていけようものならこの世界のどこででも生きていけるのではないかと思うほどには息苦しい場所だ。逆にロードワークなどで外に出るとその想像以上の涼しさに涙が零れ落ちそうになる。つまり結論から言うと、そう、屋外競技は恵まれている。

「こーら日向くん!何ぼーっとしてんの!ちんたら走らない!」
「っと、わり、ぃっ!」

自転車に乗って一団に並走しているカントクから声をかけられる。叱咤の入った厳しい声は、しかし信頼できる指導者としてのそれだ。先ほども言った通り、ロードワークは体育館で息をしている俺たちが唯一外に出られる貴重な時間だ。走ることは苦痛が伴うけれど、それでも息抜きには最適だ。あんなに暑い暑い文句ばかり垂れる割に、こうして外を走っているとすぐに体育館に戻りたくなるのだから、不思議な話だ。河原を吹く風は、冷たくって気持ちがいい。

「おい、日向、靴ひも、ほどけてる、ぞ!」

走りながら喋るために言葉も途切れ途切れだ。伊月にそう言われて初めて自分の足元を見つめると、なるほど確かに靴ひもがぷらんぷらんと揺れている。結び直さないと自分はおろか、周りを走る部員にまで転ぶ危険性が及ぶかもしれない。余計な災いは生みたくないので、大人しく列の最後尾までずれていく。相変わらず涼しげに自転車を漕ぐカントクに、靴ひもを結び直してから追いつくという旨を伝えた。早く追いついてよねとオレに言ったかと思うと、部員に、はいこっから笛が鳴るまでダッシュ!とか言う始末だからオレらの鬼カントクさんは侮れない。おいおい、追いつかせる気ねーだろ。その後ろ姿を見つめながら、オレはその場に片膝をついて靴ひもを結び直し始めた。

「…あの」
「…はい?」
「あの、ここらへん、詳しいですか?道に、迷ってしまって」
「…あー、スンマセン。オレも部活の合宿で来てるんで、ここらへんの人間じゃないんスよ」
「そうなんですか…あー…ほんとですか…ありがとうございました」
「あ、でも、オレ、この近くの民宿に泊まってるんでそこまで行けばわかるかも」
「あ、…なるほど」
「よかったら、案内するっスよ」
「本当ですか?助かります!」

これも人助けの一環だ。ごめん、カントク。そう心の中で謝って、靴ひもが解けないことを確認してから立ち上がる。オレに声をかけてきたのは見知らぬ女の子だった。真っ白いワンピースに黒くて綺麗な髪。袖から覗く手足はびっくりするくらい白い。いや、といってもオレ、女子の肌の白さの度合いなんてわかんねーんだけど。おそらく同年代くらいなのだろうとその振る舞いからぼんやり予測する。名前も知らない彼女は申し訳なさそうに謝ると、オレの横に並んで歩き出した。

「ごめんなさい、お手数かけちゃって」
「いいっスよ、気にしないでください」
「…部活の、合宿なんですよね?何部なんですか」
「バスケ部っす」
「へえ!かっこいいですね!…えーと、ここらへんに合宿に来るっていうことは、…東京とか?」
「はい、東京っス。誠凛高校っていう高校に通ってます」
「そうなんですか!東京、いいですね。憧れです」

彼女の髪が、歩くたびにぽんぽん跳ねる。やたらと楽しそうに笑うから、こちらまでなんだか一緒に笑い出しそうになってしまう。落ち着いた声が楽しそうな声にかわるときがはっきり分かる人だなあと思った。

「えーっと、あー…お名前は?」
「あ、日向っス。日向順平」
「日向君は、高校二年生?それとも三年生?」
「一応、二年です。あ、合宿所見えてきた」
「ほんとだ、へえ、あそこにいるんだ」
「えーっと…あなたの名前を聞いても、」

そこまで行ったところで合宿所の方からオレの名前を呼ぶ声がうっすら聞こえる。こんな距離で声が届くなんて、どんな声帯を持っているんだうちのカントクは。逡巡したが、彼女を置いて走って声のするほうへ急ぐことにした。どうせ一本道だし、着いて来れるだろう。すいません、ちょっと先、行きます。一本道なんで、着いてきてください。そう言い残し走る。案の定カントクが合宿所の入口でオレを待っていた。部員はどうやら移動してしまったらしい。眉根を寄せて立ちはだかるカントクにぺしっとハリセンで頭を叩かれた。…いや、それどこから出したんだよ。

「おっそい!もう、日向くん!」
「悪かったって!なんか途中で人に道聞かれてさ!オレもわかんないからとりあえず合宿所に連れてきたんだよ!今、後ろから着いてきてるはずだって!」
「え、でも、…誰もいないじゃない」
「…はい?」

後ろを振り返ると、カントクの言うとおり誰もいなかった。…嘘だろ、さっきまでそこにいたはずなのに。隣で笑っていた声の温度は本物だったはずだ。誤魔化そうとしてるんじゃないでしょーね。意地悪そうな笑みを携えながらカントクがそう聞いてくる。そんわけあるか。ていうか、本当にどこ行った。オレ、まだ名前も聞いてねえぞ。誰なんだあの人は。夕闇が迫っている。背筋が冷たく凍るのが、自分でもはっきりと分かった。