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「#エロ」のBL小説を読む
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笠松が大きくため息をつくのを見るのが私は密かに好きだった。その釣り目と強気な眉がそのときだけはがっくりとでも言うように下がるからだ。こんなの、誰も彼もは見れない。ある意味彼の悩みを知る私だけの特権だと思っている。道路の反対側に彼を見つけてから、私は気付かれないように横断歩道を渡る。バス通の笠松と私が同じバスに乗ることは少なくなかった。バス停で、先ほど行ってしまったバスの背中を名残惜しそうに見つめていたから、はてどうして乗らなかったのだろうと思った。ゆっくり近づくと、どうやら私には気付いていないらしい。私の大好きな、大きなため息をついたあと、足元を見つめている。鞄を振り回し、そんな笠松に一撃食らわせる。怯んだ顔も、実は結構お気に入り。

「なーに落ち込んでんのよかさまとぅー」
「ゲッ、みょうじかよ。タイミングわりー」
「悪かったわねー」
「…はあ。いいなあお前、なんか自由そうで」
「うるっさいわねー余計なお世話よ、悩んでることくらいありますって」
「はあ?なんだよ言ってみろよ」
「そりゃあこの国の未来とか雇用問題とか食糧自給率の低下とかよ」
「すげーな規模でけーよ」
「ふふ、地球の未来背負ってる若者だからね」
「お前が背負ってるのは明日のオレの小テストの結果だ。頼むぜなまえちゃん」
「死ね笠松」
「はあ?お前が死ね」

大体女の子が死ねとかいうなとぶつぶつ呟く笠松の脇腹の辺りをもう一度鞄で殴りつけると、バスがやってきた。今日は運がいいようで待ち時間がかなり少ない。いや、運がいいのか悪いのか。そこでぴんとくる。そういえばこやつの好きな女もバス通学ではなかったかと。ははあん、そういうことね。そしてその女が好きな男も、そういえばバス通だったはず。以前四人になったとき非常に気まずかった覚えがある。そう思いながらバスに乗りこむ笠松の後ろに続く。

「笠松、私、わかっちゃいましたよふふふ」
「はあ?何がだよ」
「…この一本前のバス、あんたの好きな人とその好きな人乗ってたんでしょう」
「…うわー、お前変なとこ勘いいから嫌いだわ」
「で、遠慮して一本バス送らせたと」
「だってしゃあねーだろ、気持ちわかりきってるのに、てかわりと相思相愛っぽいのに邪魔できねーよ」
「馬鹿だなあ笠松は」
「まじオレって損な役回り、カワイソ」
「まあ、私はそんな笠松が好きですけど」

私のそんな言葉に笠松がきょとんとして私を見た。うわ、アホ面。ていうかおい私の口、何言ってんの。てか笠松、ここは流すところでしょ、なにキョドっちゃってんの。ぶわりとおでこに汗が噴き出す。

「…え、なに。みょうじってオレのこと好きだったの」
「あー、…まあ?」
「…」
「…ちょっと黙んないでよ、軽く流すとこでしょここ」
「…あー…なんか悪ィ、オレ」
「あーいいよ言わないで、分かってるし。別にどうにかしようとか思ってない。ただなんとなく、言ってみただけ」
「…」
「だからそんな顔すんなってーの」
「…はあ。なんか、オレもお前も可哀想だな」
「ほんとだよね」
「って、オレが言うのも無神経な話か」
「それがわかるから大好きよキャプテン様」
「…おう、オレも。…好きなんだけどなあ」

伝えるつもりもなかった思いが、口に出したことでぐんぐん体積を増していく。好きなんだけどね。なんでだろうね。なんで好きなだけじゃだめなんだろうね。笠松が好きなのは当然私じゃなくてあの子なんてことはもうとっくの昔にわかっていたことだ。今更どうにかしようなんて思っていない。どうにかなるとも、思っていない。だから言ってしまったことも、笠松が困った顔をしたことも、全然、後悔してない。してない。本当だ、本当、…本当に?笠松が窓の外の、どこか遠くを見た。それを見つめる私の図は、まるで私たちの関係みたいだなあとしみじみ思った。ぶろろろと、信号で足止めを食らっていたバスがエンジンを吹かす音がする。進みだしたバスは急には止まれなくって、同じように私のこれも急には止まれない、らしい。
こんな不毛なことに労力を費やすなんて無駄だって分かってるのに。ああ、いつか聞いたあの歌みたいに、好きになってくれる人だけを、好きになれたらいいのになあ。そしたら笠松も、私のこと好きになってくれるかもしれないのに。そう思ってるのに、特に今なんか結構切に願ってるつもりなのに、そんな淡い期待を真面目に抱けるほど、私、もう子供じゃないみたい。「ごめんな、みょうじ」「…何言ってんの、友達じゃない」友達だもの。友達、ともだち。その言葉をむしゃむしゃ噛み砕いて、ぐちゃりと磨り潰して、ごっくんと飲み込む。友達だもの。むしゃむしゃ、ぐちゃり、ごっくん。よおし飲み込めた。こうやって私はまた一つ大人になる。青い春とは酸っぱいものである、バイ私、とか言っちゃって。ねえだけどさ幸男クン、なんのご褒美かは置いといてさ、もし今一つだけ願いがかなうとするなら、そうだな。いますぐ、この目も笠松の瞳も潰れてしまえばいいのに。ああもう、私ってば猟奇的。だから早く、消えてしまえ無くなってしまえ、こんな、月並みのラブソングみたいな安っぽい想い。

なにもいらないあなただけでいい(という、嘘)


(120717)