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「#エロ」のBL小説を読む
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スターバックスコーヒー、通称スタバというところはどうしてこんなにお洒落なのだろう。普通の喫茶店と同じようにコーヒーやケーキやサンドを置いているというのに、なんだか粗野なオレにはすごく敷居が高いような気がしていつも尻込みしてしまう。といっても、普通の喫茶店でも若干緊張してしまうのだけれど。オレはそんなことを考えながらレジへと向かった。レジのお姉さんがいらっしゃいませ、こんにちはーと笑顔をくれる。たまたまオーダーを待っている客がいないらしく、すんなりレジへいけた。ご注文はお決まりですかと聞かれたのでアイスコーヒーを注文する。ショートで、と付け足すのを忘れなかった。本当はマンゴーフラペチーノとか(とくに今はプディングがトッピングできて、これがまたすごくうまい)、ホワイトモカとかが好きなのだが、さすがにこんな大男が頼むのは可愛すぎるかなあと思って、三回に一回くらいしか注文できない。特に今日はなまえっちと会う日だ。あの子はどうやらオレを男らしいとは思ってくれていない節がするので、なおさらだ。

「よっ」
「ぅ、わ!なまえっち!」
「あはは、涼太、びっくりしすぎ!」
「後ろから突然肩叩かれたらだれだってびっくりするって!」
「今来たところ?みたいだね」
「うん、オレもちょうど今来たところ」
「そっか、あ、すいませんお姉さん私も注文いいですか」

なまえっちはオレを抜かすような態勢でレジの周りのソーサーなどを触っているお姉さんに声をかける。はい、いいですよーとお姉さんの笑顔がすぐに帰ってきて、なまえっちは注文をした。自前のタンブラーを鞄から取り出して渡す。オレのアイスコーヒーはランプの下に行くことを指示されるまでもなく、レジで手渡されるから、オレはそれをぼおっと待っていた。

「お待たせしました、アイスコーヒーでございます」
「あ、すいません、ありがとうございます」
「ねえ涼太、席取ってきてよ」
「え、でも、会計」
「いーから、なんだったらここ奢るし」
「それはダメ!…っスよ」
「じゃあ後で席で返してくれればいいからさ、ほら、早く。私ソファー席がいいな」
「…了解っス」

半ば強引にレジを追い出された。
ふいと後ろを振り返るとなまえっちはもうオレのことなど見ていない。レジのお姉さんと楽しそうに談笑している。仕方なくオレはちょうどいい席を探す。店内はまばらながら人がいて、ちょうどラス1のソファー席が空いていたので少し早足になりながらそこへ向かった。どかりと腰を下ろす。これでもう安心だろう。なまえっちがタンブラーを握りながらこちらへと歩いてくる。

「おお、ナイス涼太。ソファー席じゃん」
「なまえっちのためならこれくらい余裕だし!」
「はいはい、感謝しますよー」

なまえっちも向かい側に腰を下ろした。タンブラーからもうもうと湯気が上がっている。夏だというのに、どうやらホットドリンクを頼んだらしい。

「なまえっちそれ、なんスか?熱そー」
「え?普通にドリップコーヒーだよ」
「なまえっち好きっスよねえ、でもなんでホット?熱いじゃん」
「いいじゃん、おいしいよコーヒー。熱いの飲みたい気分だったんですーう」
「そうなんですかーあ…てか、タンブラーってちょっと安くなるんだっけ?」
「まあ、ほんのちょっとね。…ストロベリーフラペチーノとか飲めない女で、ごめんなさいね」
「ちょっと、脈絡なく拗ねるのやめてほしいっス」
「涼太がそういう顔してるからだよー」
「してねえし!」

彼女は笑いながらコーヒーを啜り、オレもそれを見ながらアイスコーヒーを啜った。もちろん、とってきたガムシロとミルクを入れるのは忘れない。綺麗なミルクコーヒーになったそれは甘さがちょうどよくて、おいしかった。

「涼太はまだコーヒーも飲めないの?」
「飲めるし!…でも、今日はそういう気分じゃなかっただけっス」
「とかいいつつ大抵違うもの飲んでるよね。この前のチャイティーラテは飽きた?」
「もー、痛いとこつくの止めてほしいっス。チャイティーじゃないのは、本当にたまたま」
「ふうん」

彼女はスタバが好きだった。他校に通う彼女にオレが駅で一目惚れして告白をし、まずは友達からということで会うようになったときから、学校帰りの待ち合わせ場所は自然とここだった。そしてそれから数か月して、彼女から黄瀬くんのことが好きみたいと言われてオレが歓喜したのも、ここだった。なまえっちのタンブラーはあのときの柄から何回か衣替えした。私飽き性なの、と変わるたびに笑って言っていた。
ほとんどスタバに入ったことがなかったオレは最初緊張して、何を注文していいかわからなくてオドオドしているのを見たなまえっちが笑ったのを、今でも覚えている。あれは本当に恥ずかしかった。それからなまえっちはオレにおススメのメニューとかカスタマイズの仕方とか、トッピングとかを事あるごとに教えてくれる。チャイティーラテはここ最近彼女が押していたメニューの一つだ。そしてそれを飲むのがいつのまにか習慣みたいになっていた。
彼女には秘密だけど、俺は本当は、ブラックコーヒーなんか飲んだことない。

「…今日は何も食べないんだね」
「うん、ちょっと、ここに来る前食べてきちゃったから」
「そっか。友達?」
「うん、そう」

そういうとなまえっちはホットコーヒーを煽った。もくもくと立ち込める湯気が彼女の鼻元を濡らす。咄嗟にしまったと思ったのだが、何がしまったなのかよく分からなくて、誤魔化すようにじゅるるるとアイスコーヒーをすすると、行儀悪いと顔を顰められた。なんだろう、この、変な感じ。

「…ねえ、コーヒーちょうだい」
「え?珍しい。てか初めてじゃない?これでいいの?ブラックだよ?」
「うん、いいよ。コーヒー飲みたい気分っス」

そう言って彼女からタンブラーを受け取る。そのまま同じように煽った。どろどろと、真っ黒い液体がオレの喉元めがけて流れてくる。

「うっわ、にっが!にっが!」
「えー?そんなことないと思うけど」
「よくこんなん飲めるっスねー!ありえねー!」
「あー、でもちょっと今日重い豆のブレンドにしたかも、そういえば」

にっが。何あれ。本当に苦かった。飲み込んで、慌ててもうほとんど水が主成分になってしまった自分のミルクコーヒーを啜る。こっちもこっちでおいしくねっスけど…さっきのよりはマシだ。コーヒーってあんんなに苦いものだったのかと思って、顔が歪んでいるのが自分でも分かった。

「あはは、涼太、イケメンが台無しー」
「笑い事じゃないっス、あー、もう飲まねえし」
「…飲んだことなかったんだね、ブラック」
「別に、そういうわけじゃ」
「いまさら誤魔化さなくてもよし」
「…ねえ、なまえっち!この前さ、旅行行こうって話してたじゃん、オレそろそろオフが取れそうなんだけど、なまえっちどう?」
「あー、そういえば、そういう話もあったねー」
「え、もしかして忘れてたんスかー?ひでー」
「そういうわけじゃないけど」

ここ最近、私も忙しくってさあとなまえっちは眉を下げて笑った。オレの口の中ではブラックコーヒーの苦みが未だ張り付いている。正直気持ちいいものではない。

「やめにしない?」
「え?」
「旅行。私、親に許可とれないし」
「…そんな」
「ほんっとごめん!」
「そ、っかー。じゃあ、仕方ないスね。また行こう」
「…ごめんね」

オレ今、ちゃんと笑えているだろうか。想像以上にショックを受けている自分に驚く。ちゃんと、笑わなきゃ。取り繕うように頬に笑みを張り付けた。そんなオレを見て、なまえっちがはあ、と小さくため息を着いたのを、オレは見逃さなかった。オレは、何か、間違っただろうか。彼女はタンブラーを両手で持って、その中を見つめている。水面には何が写っているのだろう。沈黙が流れた。なまえっちの瞳は依然としてオレを見ない。その沈黙を切り裂こうと、なまえっちが口を開けたのが見えた。オレは自然と、舌を口の中で動かす。苦い。苦い苦いブラックコーヒーの味。強烈な残り香。そして、それを大好きな彼女。ブラックコーヒーなんか飲んだことない。なのにオレ、この苦みを知ってる。よく知ってる。

「ねえ涼太、…別れよっか」

目を、見開く。蠢く舌がぴたりと動きを止めた。いまだ苦味は残ってる。そうか。これ、失恋の味だ。


れちゃった



何が言いたいって、スタバ大好きだってばよ
(120704)