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彼女のきれいなソプラノが、聞いたことのない曲を口ずさんだ。

「なにそれ、誰の歌?」
「あ、なまえも聞く?最近ハマってるんだ、お勧めだよ」
「うん、聞く」

さつきは机の横にかけた鞄の中からアイポッドを取り出した。本体にぐるぐるまきつけたコードを解いていく。絡まってしまったところに悪戦苦闘していたので貸して、と言って解いてあげた。さつきは目を輝かしてなまえは本当に器用ね、と言った。その言葉がどれほど私を喜ばせているのか、さつきはちっとも知らない。分かってない。

「ね、かわいい歌でしょ」
「これ…失恋の歌?」
「ええ、どうしてよ。普通に恋の歌じゃない」
「…そっか」

さつきが恋の歌だというそれは、私にはなぜだか悲しいもののように聞こえた。ふふんと、それに合わせてさつきのハミングが聞こえた。向かい合った机の向こう側ではさつきが楽しそうに体を揺らしている。私の右耳だけにつけられたイヤホンは当然さつきの左耳に繋がっている。聞きながら、空になったお弁当箱をお弁当箱用の袋にしまう。私はご飯を食べるのが遅かった。

「あ、サビ。いい感じだね」
「でしょ。二番のサビ、歌詞がもっといいの」

おんなのこの私にはさつきの一番柔らかくて、温度の高いところには触れられない。もしさつきがガラスの靴を落としたとしても私にはそれを拾えない。深い深い茨の森の奥でさつきが長い間眠っていたとしても、私にはキスで起こせない。それができるのはおとこのこの特権だからだ。たとえばさつきの幼馴染の青峰くんとか、あとは黒子くんとか。おとこのこっていいなあ。その気なんかなくたってさつきに好きになってもらえる。そんな簡単なことが、私には一番高いハードルなのだから笑えない。

「あ、テツくんだ。ごめんちょっと行ってくるね」

ぱたぱたと靴を鳴らして走っていくさつきの瞳はきらきらと輝いて、恋する乙女のそれだった。まるで宝物を見つけたような、顔。二番のサビが来る前に外されてしまったイヤホンの左耳側がコロンと机に落ちる。未だに私の右耳からは止まらず音楽が流れている。アイポッドの一時停止ボタンを押した。ぷつん、とサビの途中で音楽が途切れた。歌詞は結局聞き取れなかった。
常々思っていることがある。次生まれるときは、おとこのこに生まれてきますように。太い腕と大きな手と、でこぼこした喉とそれから低い声が、もらえますように。叶うわけないって知りながら、もうずっと私はそんな風に祈ってる。くしゃりとシャツの袖を捲り上げて、自分の右腕を見つめた。さつきを抱き寄せるには細すぎるこの腕が、ときどき忌々しくって仕方がない。




(120701)