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今は昔、みょうじなまえにはそれはそれはイケメンな彼氏がおったそうな。そうな、と言っているけれど自分のことだからよくわかっている。まだ中学生のことだったけど、私は何の因果か、黄瀬涼太という男と交際をしていた。黄瀬涼太というのは今をときめく人気モデルだ。というかまあ当時からモデルだったのだけれど。人気があったかは知らない。私は彼を自分だけのものにしたかったから、外での評判など少しも聞きたくなかったし、彼の載っている雑誌にはまったく手を出さなかった。それが彼の人気がどれくらいだったのかを知らない理由だ。それどころかあの頃、まるで地雷を避けるように雑誌を買うことすらしなくなっていた気がする。…一応言い訳をさせてもらいたいのだが、まああれだ、若かったのだ。

今は昔、みょうじなまえは非常に重い女だった。とにかく彼のことを独り占めしたくてたまらなかったのだ。黄瀬くんは当時からとても人気で、かっこいいと有名だった。駄目元で告白したら意外のもあっさりとオッケーをもらえて舞い上がっていたのも束の間、次の瞬間から私を襲ったのは激しい焦燥感だった。黄瀬くんを誰かにとられたらどうしよう。黄瀬くんが私以外の女の子を好きになってしまったらどうしよう。そんな、思春期の少女にありがちな悩みは24時間私を苦しめた。恋に恋していたのかもしれない。とにかく私の世界にいるのは私だけで、その中で私はいつも不幸だった。メールも電話もやたらに彼に要求した。もっと悪いのは彼がそのふざけた要求に快く応えてくれたことだった。しかしそれも最初のうち。途中から黄瀬くんはモデルの仕事を始めてしまったので、私の相手をしてくれる時間は少しずつ、でも目に見えて減っていった。すごく泣いた。毎日泣いた。私は泣く機械みたいになっていた。自分は世界で一番不幸だと思った。今思い返すととても、なんというかそう、消えたい。電話口で泣き喚いて、無茶苦茶な恨み言を言ったのも一度や二度ではない。彼がバスケを始めたのはもうちょっと後のことで、その頃にはもう電話もメールもしなくなっていた。まあ、中学生の恋愛なんてそんなもんだと思う。自然消滅というやつだ。やけにあっさりと私の恋はジ・エンド。

今は昔、と言っても10分前だけど、みょうじなまえは奇妙な再会を果たすことになる。そう、紛れもないあの黄瀬涼太とだ。自宅の最寄りの駅でのことだ。私が明日の小テストのことを考えながら駅の構内をとぼとぼと歩いていると後ろから自分の名前を呼ぶ声がした。その日珍しく、携帯用音楽プレーヤーの電池が切れてしまったためにイヤホンをしていなかった。

「おーい、みょうじ、さん!」
「…黄瀬くん?」

そして今、私は黄瀬くんと駅の近くの公園のベンチで二人並んで座って話している。なぜ。そしてとても、気まずい。私が彼に会うのは中学以来だ。というか最後の方は意図的に避けていたから、学内で見た記憶はほとんどない。最近はよく、雑誌で見かける。ちょうどさっき駅の本屋で買った雑誌にも特集が組まれていたような気がする。

「久しぶりっスね」
「…うん、そうだね」
「もしかしてオレに会いたくなかった?」
「…あの、あのときは、本当に、申し訳ありませんでした」
「何言ってんスかー!」
「子供だったよね、うん、忘れてくれたらとても嬉しいです…とても!」
「ははは、必死っスね」
「…本当に、忘れてね。ていうかなんでこんなところにいたの?」
「ああ、人と会う用事があって。でも、みょうじさんがここの駅使ってるって知らなかった」
「私たち、確か方向逆だったもんね」
「そうそう、懐かしいよね」

当時の記憶が鮮明に蘇る。その中の、夕日に染まった黄瀬くんは今とは少し違った幼い、でもとても綺麗な顔をしている。カンカンカンと踏切が鳴る音、少し空いた距離、鞄をぎゅっと握りしめる私の手。

「…あの頃ね、私、とても不幸だった」
「…すんません」
「ううん、黄瀬くんが悪いんじゃなくて、ていうか悪いの私だけだよ、本当に。ちょう重い女だったしね」
「…でもオレ、みょうじさんのそういうの嬉しかったスよ」
「…気使わなくていいよ」
「いや、マジで!なんか、オレのために泣いてくれる人間いるんだなーとか、思ってたし!」
「黄瀬くん変な人だね」
「いやいや、だってそれだけ、オレのこと好きでいてくれたんでしょ」
「…訂正、黄瀬くんてキザで変な人だね」
「ひでえ!」

あはは、と黄瀬くんは少年みたいに笑う。それを一瞬、あの頃の彼と見間違えた。遠くに見えるブランコは風にも揺れずに静止している。

「…雑誌、よく出てるね。モデルの仕事頑張ってるんだ」
「始めたのって確かみょうじさんと付き合ってる最中だったっけ。うん、まあ、部活の片手間だけど頑張ってる」
「…バスケに夢中?」
「もちろん!最近楽しくて仕方ないんス!」
「黄瀬くんは今でも青春してるんだねえ」
「何言ってんのみょうじさん。みょうじさんだって青春してるじゃん」

そう言って、黄瀬くんは私の薬指に嵌められた指輪を示した。慌ててそれをカーディガンの袖で隠す。遅いっスよ、と言われた。黄瀬くんはあの頃と変わらず、よく笑う。

「いるんスね、カレシ」
「うん、…部活の先輩なんだ」
「マジっスか!いいなあ」
「そんなこと言って黄瀬くんだってどうせいるんでしょ、ピアス女物じゃん」
「あ、バレちゃった?今日デートだったからさ。ここの駅、カノジョの最寄なんスよ」
「…へえ、そうなんだ」
「でも運命っつーか、なんかすごいっスね!オレ、ここの駅になんかあるのかも」
「うわ、それ元カノの前でいうセリフ?」
「次のカノジョもここの駅だったら、また報告するっス!」
「黄瀬くんゲスいねー」

ただ、思ったのは私も成長したのだなあということだ。あの頃とは全然違って、自分でも心に余裕が感じられる。こんな風に黄瀬くんとフザけて軽口だって叩ける。時間は流れているのだ。黄瀬くんにも、私にも平等に。

「そっかあ、でも…元気そうでよかった」
「私は一方的に黄瀬くんの姿よく見るけどね。雑誌とかで」
「まあそりゃあそうっすけど…ねえみょうじさん」
「なあに」
「いま、ちゃんと幸せ?」
「…うん。幸せだよ(そんなの、嘘だ)
「そりゃあよかったっス!」
「心配されちゃったかー(嘘なの、ねえ黄瀬くん、気付いてよ)
「当たり前!オレのときみたいに泣き喚いてないかなって!」
「ひっどー!それ早く忘れてよね!自分だって幸せなくせに!(…とか、言ってみたり、して)

黄瀬くん、私、ちっとも幸せじゃないの。なんでだろ、今の人、あの頃の黄瀬くんより全然優しくて、構ってくれるし、いっぱい一緒にいられるし、大人っぽくてリードだってしてくれる。私はもう自分が不幸だと嘆くこともないし電話口で泣き喚くこともない。あの頃よりずっと、ずっと、幸せなはずなのに。なのに私はなんでか毎日、満たされない。ぼんやりと、薬指を嵌められた指輪ごと握りしめる。びっくりするくらい、それは冷たかった。

「また、会えたらいいね、みょうじさん」

あの頃と少しも変わらない笑顔で、だけどあの頃より少し大人びた黄瀬くんは笑う。
ごめん黄瀬くん。私、少しだけ。あの頃に戻れればいいのにとか、そんなことを今更さあ、考えちゃったよ。だけどそんな私の心の声なんて当然黄瀬くんには聞こえないから、そうだねと、おんなじように笑って言った。聞こえないんだ、だから黄瀬くんはこれからも永遠に、気づかない。

ブランコが揺れた。来たこともない公園なのに、そこではあの頃の私たちがやけに幸せそうに笑っている。



物語



(120701)