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「もしもし。敦。元気?」

久しぶりー、と耳元でもにょもにょとした声が聞こえる。私は久しぶりのその声に顔がにやけるのを隠せなかった。まあ電話越しだから隠す必要もないのだけれど取り繕うように咳をする。携帯を握りしめて、部屋を何往復もぐるぐる歩いてしまうのは小さいころからの癖だ。傍にいないのに耳元で他人の声がすることがなんだか愉快で、じっとしていられないのだ。久しぶりの敦にハイテンションになりながら、だけどそれが悟られないように、慎重に言葉を紡ぐ。電話の向こうからは相変わらずと言えばいいのか、最後に会ったときとなにも変わっていない声が聞こえる。だけどその声は私をひどく安心させるのだ。ちょうど眠れない夜に飲む甘いホットミルクのように。

「…え、まさか寝ちゃった?」

いつもそんなに長電話をしたりはしないのだけれど、今日は久しぶりに比較的長時間話していた。だからだろうか。電話の向こうから聞こえる応答は少しずつ遅く、いつも以上に淡白なものになり、そしてとうとう途切れた。寝息すらも聞こえないが多分寝たのだろう。沈黙が場を支配する。黙ってそのまま通話終了ボタンを押す。なんて男だ。相変わらずだけれど、敦の性格を十分わかっているけれど、もう一回言おう。なんて男だ。

×××

ばん、と乱暴に机を叩いたので友人はひどく驚いた顔をした。明くる日の昼食時間のことである。お母さんが作ってくれた、もう冷めてしまったから揚げが油でてらてら光っていた。

「ねえ、どう思う。ありえなくない!?彼女との電話中に寝るんだよ!?しかも電話するの一週間に一回なのにだよ!?」
「なまえ、落ち着いて落ち着いて」
「はー、信じらんない。そういうヤツだって知ってるけどさーあ」
「まあ敦くん、元気そうでいいじゃない」
「うん、そうなんだけど、そうなんだけどさ…はあ、落ち込むよ」
「青春だねえ」
「ちょっとお、茶化すのやめてよね」
「いいじゃない、羨ましいな」
「遠恋なんていいもんじゃないよ…」
「秋田だっけ?すごく遠いよね」
「本当にね。会いたいって思っても、ちょっと行けないよね」
「うん、行けない行けない」
「…敦って、私のことほんっとーに好きなのかな」
「何言ってんのよ、コメントしにくいわね」
「絶対あいつって自然消滅で終わるタイプだと思うんだよね」
「冷静に自分の彼氏の別れ方診断するのやめてよね。大体、中学生の頃からの青臭い恋愛が今でも遠恋で続いてるだけでもすごいわよ」
「青臭いとは失礼な。…はあ、…なんかこう、虚しい」
「まあ、いいんじゃない。なまえ、思われるばっかじゃなくて、思うだけっていうのも愛かもよ」

自分ばかりが好きな気がして苦しい。自分ばかりが思っているようで、会いたいみたいで、寂しいみたいで、苦しい。友人はそう言って私を励ますけれど、やっぱり私は敦のことが好きだし、それは距離が離れても変わらない。ううん、むしろなかなか会えない分好きだという気持ちはむくむくと大きくなっている。気がする。なのに、敦からは全然それが伝わってこないのだからおかしな話だ。滑稽だ。思うだけが、愛。友人の言葉をもう一度脳内の、後頭部よりでリピートさせる。そうだ、私、敦を愛してるのだ。うん、よし、まだ頑張れそう。もう半分以上食べ終わったお弁当を片付ける作業を再開した。

×××

「はあ、…もう、しばらく電話するの止めようかなあ」

デスクライトの付いた勉強机の上で、携帯電話を握りしめる。結局あの日から一週間、敦から謝罪のメールはおろか、電話も来ることがなかった。画面には紫原敦の電話帳ページ。通話ボタンを押すだけで、簡単に敦と繋がれるのに、それがなんだか歪で、つらい。自分よ、どれだけ恋する乙女なのかと自嘲する。敦はあんまりメールも好きじゃないから、メールはほとんどしない。私も、文字より声を聞きたいのでどっちかというと電話派だ。しばらく見つめていた画面はほったらかしていたせいで、あっけなく暗くなってしまった。いつか私たちの関係もこんな風にブラックアウトしてしまうのだろうか。それは、すごく、嫌だなあ。

高校生の私には経済力なんかなくって、毎月入るお小遣いと、せいぜいバイトで稼ぐはした金が精一杯の収入だ。忘れるまでもなく私にも私の生活があって、新しい服は欲しいし休日は友人とカラオケにだって行きたい。そして言われるまでもなく秋田は遠い。ここから行くなら飛行機か東北新幹線だろうか。どちらにしろ、今の私には、会いたくて来ちゃいました、と彼の目の前に現れることなど不可能だ。私の家から敦のいる寮行きの直通便が出ていればいいのに、それも無料で。そう常々思うけど未だ実現の目途は立っていない。それどころか計画の目途すら立っていない。月への直通スペースシャトルよりはずっと実現できそうなのに。

「遠いなあ」

画面が暗くなったままの携帯電話を見つめながらそう呟く。この声も、例えばここで今私が泣き出したとしても、敦には全部、聞こえない。敦はこんな夜の、どうしようもない孤独さを知っているだろうか。きっと、知らないのだろうなあ。抱きしめてくれなくてもいいしキスもいらない、ただこんなとき隣にいてくれたらなあと、しみじみ思う。遠いなあ、遠いなあ、遠いのだよ。

はあともう一度ため息をつくと同時に、携帯電話が震えた。画面がぱあ、と明るくなり何事かと目を疑う。「紫原敦」というゴシック体と電話番号が画面に浮かび上がる。はずみで通話ボタンを押してしまった。飛び跳ねる心臓はさておき震える手で携帯電話を耳に押し当てる。

「なまえ〜?」
「どう、したの」
「今日電話する日じゃん?だからかけたのー」
「いつも私からかけるじゃん」
「今日はオレが声聞きたい気分だったんだってー」
「…ふうん」
「それにしても出るの早すぎだし。なまえなら絶対携帯見てるだろうと思ってたけど」
「うっわ、たまたまなんですけど」
「ウゼー、素直じゃねー」
「…練習頑張ってる?」
「まあそれなりにやってるー」
「先輩たちに迷惑かけてない?」
「…かけてねー」
「今の沈黙なによ。はあ、本当に敦のチームメイトに謝りに行きたいなあ」
「来ればー?秋田さみーけど」
「…お金ないし」
「そこはオレのために貯めてよー」
「敦ってホント横暴ー」
「うそうそー、オレがなまえに会いたいだけ」

ドキドキとさっきからうるさい私の心臓が鳴る音、敦に聞こえてなくてよかったって私、今すごく安堵してる。さっきまでこの距離が忌々しくて仕方がなかったのに今はこんなに愛しい。思うだけが、愛。そんなの嘘だね、嘘っぱちだね。だってこんなに思われている。愛、されている。しょうがない、家から敦の寮行きの直通便が出るのを待つのは止めにして、ひとまずお金を貯めることにしますか。



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