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高校生で一人暮らしをしているというと大抵驚かれた。そうはいっても寮に入ってる友達はたくさんいたし、その子たちだって実質一人暮らしのようなものではないかと思う。私も深い理由があったわけじゃなくて、だけど今の高校にはどうしても自宅から通うことができなかったから親に頼み込んで一人暮らしをさせてもらっているだけだ。なまえは恵まれすぎ!と友達は口を尖らせて言ったし、自分でもその通りだと思う。だけど、それは悪いことではないはずだ。だからまさに私は今その恵みを享受しているわけだ。そう、惜しみなく。もともと両親もあんまり家にいない家庭だったので一人暮らしと言っても実家で暮らしていたときと別段代わり映えすることもなかった。むしろ掃除する範囲が狭くなっただけましかもしれないとさえ思える。入学してすぐに私は真太郎と付き合いだしたし、そう言う点に関してはまあ一人暮らしをしているというのはいろんな意味で都合がいいものだった。「なあみょうじ、これも買ってこーぜ」「無理。高い」「はー!?いいじゃんよ、オレが金だすからさ」「…じゃあいいよ」「おい高尾、それはなんなのだよ」「え、ナンなのだよ」「意味が分からん」「やっぱカレーにはナンでしょ」「どうでもいいけど私の家コンロ一つしかないんですけど」「へーきへーき、これ、電子レンジで作るやつだから」高尾は得意げな笑みを顔に浮かべて、チンするだけでナンが作れるという画期的なその商品をカートの中に入れた。
今日は真太郎と、その友人(まあそれはつまり私の友人という意味でもあるのだけれど)である高尾が家に遊びに来ることになっていた。なんでも高尾が家を見たいらしい。高尾も、女子高生の一人暮らしってすげーな!とそう言った人々のうちの一人であった。カートの中には順調にカレーの具材が積まれていく。今日の夕飯はカレーにしようと思っていた。夕方のスーパーには主婦が目立ち、私と真太郎と高尾とは明らかに浮いていた。買い物も終盤に差し掛かり、そのまま会計をするためにレジに並んだ。
「おっじゃまっ、しまーす!」高尾が叫ぶ。いいから早く行け、私と真太郎がつっかえて入れないではないか。「早く行け、高尾」そう思っていると、私の後ろにいた真太郎がイラついたような声音で言った。私の家はありがちな六畳のワンルームだった。ドアをあけるとすぐにキッチンがあって、その向かいに風呂場とトイレがあってその廊下というには少々短い通路の先にある扉の向こうが部屋になっている。高尾は無遠慮にどかどかと進み、部屋へと続くドアを開けた。「うっわ、キレ―!女の子の部屋って感じだな!」いちいち反応が大きい男だ。そんな高尾を押しのけ、私は部屋に入り空気の入れ替えをするためにカーテンを開けて、窓を開けた。後ろからがさり、と真太郎がショッピング袋に入った大量の荷物を机の上に置く音がした。高尾は無礼にも私のベッドの上に寝転んでクッションで遊んでいた。「やめろ、高尾」「なんだよ真ちゃん、ヤキモチか?」
カレーのルーをいれる段階まで料理が進んだとき、あっ!と部屋の中で声がした。匂いが充満すると嫌だから部屋の扉は閉めていたのだが、その扉がきいと開いて中から高尾が飛び出してくる。「みょうじ!アイス!買うの忘れた!」はて、アイスはカートにいれたような気がするのだけれど、気のせいだっただろうか。「…どっちか買ってきてよ」「じゃあ真ちゃん、じゃんけんしよーぜ」「…お前が負けるのは目に見えているのだよ」「いいじゃん、負けた方がアイス買いにコンビニまでダッシュね」「私、ゴリゴリ君がいい。なかったらアイスの実」「なまえ、ゴリゴリ君がないコンビニなんてないのだよ」「そうなの?」「よーし、じゃーんけーん、」ぽん、とそう言って高尾が出したのはパー。そして、真太郎が出したのは。「ありえん、…負けたのだよ」「よっしゃあ、やりい!」グーだった。高尾が小躍りしている。私も真太郎がまさか負けるとは思わなかったので驚いていた。真太郎はこういう勝負事にはめっきり強いのだ。
「じゃあ、買ってくるのだよ」しぶしぶと言ったように真太郎が靴を穿いた。いってらっしゃいと言う高尾の顔はだれが見ても得意げだ。いってらっしゃいと合わせて私も言う。カレーがぐつぐつ煮えている。いい匂いが廊下に広がっていた。「高尾、部屋に戻ってなよ。テレビ見てていいよ」「いやあ、それにしても、真ちゃんもムッツリだよな」「…」「あんな顔してしょっちゅう来てるみたいじゃん」「…何見たの」「ペアのマグカップとか、見ればわかんじゃん。あとTシャツとかな」「なんだ、そんなこと」「ゴムでも見つけられたと思った?」「高尾って悪趣味だよね」「はは、なんちゃってー」高尾は媚びるように笑った。「実際さー、真ちゃんってすごいよな。あの勝負強さは、ほんと目をみはるもんがある」「は?」「ねえみょうじ、天才と凡人の差ってさー、なんだと思う」「…なにそれ、わかんない」「じゃあ天才ってなんだと思う」「…あの、真太郎の中学の同級生みたいなもんじゃないの?」私は真太郎と高尾の試合の応援に何度か行ったことがある。そこで目の当たりにした、名前は忘れてしまったけれど真太郎の元チームメートは、素人目に見てもオーラが違った。「青峰か?ああ、そうそう。あいつは紛れもない天才だよな。あいつを見てると絶対って言葉が存在するような気がするもん」「…それに、真太郎も」鍋が煮える音がする。「真ちゃん?」はっと鼻で笑うような声がした。「何言ってんのみょうじ、真ちゃんは天才とちげーだろ」「…じゃあ何、真太郎は凡人ってこと?」凡人にすら格があるなんて残酷な話だ。そうしたら私なんてどうなってしまうのだ。「決まってるじゃん、緑間は秀才だろ」高尾はなぜかたまに真太郎のことを緑間と呼ぶことがあった。「…秀才?」「そう、秀でた才能。別に天に与えられたわけじゃねーんだよ」だからさっきみたいに、じゃんけんだって負けることがあるだろ。続けて高尾はそう言った。「…」「…おいみょうじ、吹き零れてる」「あ、やば」気が付くと鍋から集中を逸らしていたせいで、カレーがぼこぼこと音を立てて鍋から溢れだしていた。やってしまった。でろでろとした液体が、キッチンの下の収納スペースのあたりまで垂れていく。屈んで拭こうとすると、部屋の中から高尾がティッシュを持ってきてくれた。「ごめん高尾、台拭きあるんだ」「んだよそれー」そう言いながらもティッシュを持って、屈む。どうやら一緒に拭いてくれるらしい。そうしているうちに長い線はいつの間にか床まで伝った。「でだ。凡人が天才、まあ秀才も入れていいな、そいつらに近づくにはどうすればいいと思う」「…その話、まだ続くの?」「続く続く、なあみょうじ」「…わかんないよ、そんなの。努力とか忍耐とかじゃないの」「違うな、まあ外れちゃねーけど、問題としちゃ的外れだ」「…高尾、少し水で濡らした方が拭きやすいかも」「おお、確かに」そう言って、高尾はティッシュを濡らした。上からじゃあと水を流す音がした。改めてまた這いつくばる姿勢に戻る。二人でおでこを付き合わせるような体勢になった。床にねとりとついたカレーが、濡れたティッシュによって薄い染みみたいに広がる。「こうやってさあ、カレーを水で薄めるみたいにさ、薄めるんだよ」「何を何で」「欲で、自分をさ」「…欲?」「そう、オレたちに圧倒的に足りてないのは、欲と思うんだよなあ」そう言って高尾はニヤリと笑った。欲とはどういうことだ。いやまあ欲が足りていないというのはまあ、飽くなき執念とかそういう話だと分かるのだが、自分を薄めるとはどういう意味なのだろう。私は手を止めてぼんやりと考え込んでいた。「…ん、ぅ!?」キスを、した。高尾が私に。突然の事態に目を見開く。驚きすぎて、抵抗するという選択肢も浮かばなかった。唇をくっつけただけで終わると思ったそれはそんなこともなくて、やっと頭が働いた私はなんとかもがこうとするけれどそれすら敵わなかった。高尾の力は真太郎同様、とても強い。左手で両手首を、右手で頭の後ろをがっしり掴まれている。キスが終わらない。
ああそうだ、私、本当はちゃんと分かってた。最初から全部。高尾だって私となんにも変わらない、ただの凡人だったってこと。

ピンポーン、

後ろでインターホンが鳴って、ガチャリとノブが回る音がする。真太郎が、絶望を連れて帰ってきた。



鷲の爪



(120629)