※大学生パロです 「ああもう我慢できない!出てけ、馬鹿男!」 その日私の部屋から聞こえたのはそんな罵声と、どたどたと地面を歩く音と、何か固いものが別の何かにあたった衝撃音。 それが全てだったと、後の私は語ることになる。 ××× 「また青峰くんと喧嘩したのー?」 「またじゃない。もう別れる」 「何言ってんのなまえ、それいつも言ってるよ」 「…二週間」 「へ?」 「もう二週間、帰ってこないんだよ、大輝」 「…」 「…もう決まりだよ、完全に終わった」 ところかわって大学の学食にて。私のその言葉に、友達が目を見開いて私を見た。取り繕う言葉を探しているようだ。わたわたと慌てたが結局言葉が見つからなかったらしい、気まずそうに沈黙した。 「別にいいんだけどね、潮時だと思ってたし」 「…そんな」 「大体、あいつが悪いんだもん。私も堪忍袋の緒が切れた」 大輝と付き合い始めてもうすぐ二年、一緒に住み始めたのはそれから8ヶ月後で、喧嘩の数もそれに比例するように増えていった。今回同様、毎度のこと喧嘩の種はくだらないことばかりだ。いつも私がキレて、大輝が出て行って、しかし次の日、それか遅くとも三日後にはひょろりと帰ってきていつのまにかベッドで寝ている。バイトから帰ってきた私はそれを発見すると肩の力が抜けてどうでもよくなってしまう。その繰り返しだった。 その大輝が、もう、二週間も帰ってこない。みょうじなまえ、完全に赤信号です。 「あー。早く取りに来てくれないかな、荷物」 「…」 「部屋狭くてしょうがないよ。あいつの荷物がほぼ占領してるからね」 「なまえ、」 「あいつの着替え洗濯するのとかめんどくさかったし?置いてあるバッシュはくっさいしさ。大体なんで一日にTシャツ三枚も四枚も着るのよ、バスケしてんじゃなくてTシャツ洗いに行ってんじゃないの?それか多汗症かっつーの」 「なまえ!」 「…なによ」 「泣いてもいいよ?」 「なに、いってんの、」 そんなに簡単に泣けたら、今頃こんなに苦労などしていない。 ××× 「…明日で二年だったのか」 カレンダーを見つめて虚しく独り言を零しても、当然誰も応えてくれるわけはなく、静寂だけが場を支配した。たまらずテレビを付ける。深夜番組でけっこう際どい発言が飛び交うバラエティーがやっていた。それを呆然と見つめる。一か月前の私なら、きっと大輝の膝の間でこれを見ていたはずだ。いけない、ますます虚しくなってきた。私、何やってるんだろう。時計をチラ見するとちょうどあと一分で、今日が終わるところだった。 ピーンポーンと玄関からインターホンが鳴る音がする。こんな夜分遅くに一体誰だろうか。もしかして酔っぱらって終電を逃した友達が泊めてと言いに来たのだろうか。一応見知らぬ人だったときのことを考えて、私はそろそろと音をたてないように玄関へ行った。ドアスコープを除く。そこには見慣れた姿が立っていた。「…え、大輝…?」しかしこの男をドアスコープ越しに見るのは初めてだった。大輝は私の家のインターホンを押したことなど、思い返してみても一度もない。いつも勝手に入ってきて自分の家みたいに部屋に居座っている。それが大輝だった。まあ後半は合鍵を持っていたからという理由もあるけれど。私はチェーンを外してドアを開けた。 「久しぶりだね?」 「…おう、久しぶり」 「…何しに来たの」 「…」 「何?荷物回収にでも来たの?いいよ、いじってないし勝手に持って帰って」 とりあえず外で立ち話をすると近隣に迷惑になるだろうと思って玄関に入るよう促す。大輝の荷物は一つも触らずにそのままにしてある。いつか取りに来るだろうと思いながら、だけどどこかで取りに来てほしくないと思いながら。ああ本当に終わるのね。それもよりによって今日という日に。当てつけなのだろうか。涙が出ないようにぎゅっと下唇を噛んだ。「なまえ」後ろでがさりと何かが擦れる音がした。振り返って大輝を見る。 「あー…なんだその…悪かった」 いつの間にかバラの花束を右肩に担いで(さっき後ろ手で持っていのだろうか)、アヒルみたいに口を尖らせてそう言った。決して私を見ようとはしない。「何それ」「…お詫びのシナ」「…」「あと二年」「…は?」「…二年記念日だよ、覚えてろよ馬鹿!」馬鹿って何よ。馬鹿はあんたの方よ。覚えてないわけ、ないじゃない。いつもならカチンと来ている一言も、今日はなんだか無性に嬉しいのだからいけない。もう私、現金なんて言葉、使えないよ。だって今の私が一番そうだもの。たまらず私は立ち尽くす大輝の胸元にジャンピング、そしてそのままダイビング。「うっわなんだお前、あっぶねえな!」大輝は上手に衝撃を吸収して、片手だけで私を抱きかかえる。揺れた拍子にバラの花弁がひらひらと舞った。玄関が、ところどころ赤く染まる。大輝の服をひときわ強く、ぎゅっと握った。 ああもう我慢できない!好きだ、馬鹿男! ウマシカ 男女 の 受難 (120626) |