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涼ちゃんは私の幼馴染で、大切な人で、いつだって傍にいた人だ。家族じゃないけど、家族と同じくらい私のことを知っている人。私を理解してくれてる人。バスケも上手で、モデルなんかもしていて、顔がとても綺麗で、でもそれ以上に心がとても綺麗な人。それが、私の幼馴染。私の名前をとても優しく呼ぶ声は、ずいぶん低くなってしまったけれどその瞳の色はやっぱり何も変わらない。
当たり前だけど私は涼ちゃんが好きだった。家族と同じくらい、大切だった。


「青峰くんにね、告白されちゃった」
「…へえ」
「どうかなあ?青峰くんってどんな人?」
「…気難しくて横暴だけど、でも、いいやつっスよ。付き合うの?」
「そうなんだ、うーん。…どうしようかなあ、あんまり、喋ったこともないしなあ」
「うへえ、まじっスかあ?とうとうなまえにも春が来るんだね」
「涼ちゃんはいつも私を馬鹿にするよね!自分はモテモテだからってさあ」
「だってオレ、モテるし」
「この自信過剰をファンの子たちに見せてあげたいよ…」
「いーの、あの子たちはオレの幻想を追ってるんスから。かわいいっしょ?」


いつもどおり涼ちゃんの部屋のベッドを占領してごろごろと転がりながらそんなこと言うと、座椅子に座って雑誌を読んでいた涼ちゃんは驚いた顔をして私を見た。失礼な話だ。自分はモテモテだからっていつも私のことを馬鹿にする。涼ちゃんがときどき意地が悪いことを、ファンの子たちはきっと知らないだろう。そしてもし知ったらどんな顔をするだろうか。

「うん、…そっかー。でも涼ちゃんがそう言うなら、付き合ってみようかな。もしかしたら、好きになるかもしれないし」

仰向けに寝転がり涼ちゃんのクッションを両手で握って振り回しながら、ぼそりとそんなことを言う。青峰くんがどんな人か分からないけれど、涼ちゃんの友達だ。きっと嫌な人ではないに違いない。涼ちゃんは雑誌から目を離さずに、ぽつりと言った。

「ねーなまえ。もうさ、オレの部屋に来ちゃダメだよ?」
「…え?」
「彼氏、できるんだろ。オレも一応男スから、あんまりいい思いはしないと思うんスよね」
「でも、だって」
「だって、じゃないよ。オレね、なまえのこと好きだった」
「そんなの私だってそうだよ、当たり前じゃん」
「そうだけど、でもそうじゃないんスよ。だからさ、もう、ここには来ちゃダメ」
「…」
「わかった?」
「…うん」
「じゃあオレ、明日も朝早いから、なまえももう帰りなよ」
「…うん」
「またね、なまえ」
「うん、…バイバイ」


そう促されて、窓を開けて、足を踏み出す。私の部屋までは大股一歩だ。たかだか一歩。だけど、もうこの一歩は一生跨げないらしい。足が、震える。ちょうど初めて、ここを跨いで涼ちゃんの部屋に来た時みたいに。手を伸ばしがらがらと自分の部屋の窓を空ける。戸惑っていると後ろから涼ちゃんは囁く。行って、早く。それがあんまりにもいつもどおりで優しかったから、だから私はそれでもゆっくりと自分の部屋へ一歩を踏み出した。部屋へ移って振り返ると、涼ちゃんが私を見つめている。ひらひらと、彼は手を振った。おやすみなさい、と一言そう言うと、彼はいつもみたいにがらがらと自室の窓を閉めた。シャア、とカーテンを引く音がする。それがあまりにもいつもどおりで、昨日をなぞってるみたいで、私はさっき涼ちゃんに言われたことをつい忘れそうになる。だけどもう、このいつもどおりは二度と訪れないものなのだ。ごくりと飲んだ唾液がゆるゆると喉を流れていった。

私はこれからきっと青峰くんに恋をするだろうし、そのままいけば手を繋いだりデートに行ったりキスをしたり、セックスだってするのだろう。もしその先青峰くんと別れても、いずれ私はそういう相手を見つけて恋をするのだろう。当たり前のことだ。だけれど、そこに涼ちゃんはいない。それも、当たり前のことだ。もう私は、涼ちゃんの幸せを一番に喜ぶことも、苦痛を一番に悲しむこともできないのだ。そしてきっと、涼ちゃんはもう私の頭を優しく撫でてもくれないし、泣きじゃくる私を抱きしめてもくれない。私は勝手に涼ちゃんの部屋の漫画を借りることもできない。それも、多分当たり前のことだ。別に涼ちゃんに二度と会えなくなるわけではないし、喧嘩をしてしまったわけでもない。学校で会っても家族ぐるみでご飯を食べに行っても、涼ちゃんは変わらず笑ってくれるだろう。だけどもうあの部屋には戻れない。たったそれだけのことがこの小さな胸を抉る理由が、私にはやっぱり分からない。

優しい明日なんて来なくてもよかったのにね


(120624)