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泣くという行為が大抵のことにおいて意味を持たないということに気付いたのはもうずいぶん前のことだ。小さいころ飼っていた愛犬が死んだとき、縁日でせっかく買ってもらった林檎飴を落としたとき、門限を破って家にいれてもらえなかったとき、テストでひどい点数を取ってしまったとき、泣いて状況が変わったことが、好転したことが何か一度でもあっただろうか。答えは否だ。犬は生き返らなかったし砂のついた林檎飴はもう食べられなかったし家には入れてもらえなかった。もちろん後から帰ってきた成績表に掻かれたテストの点数が上がっていたということも、なかった。徒労という言葉を辞書で見つけたのはそれからもうちょっと先で、中学二年生のときだ。

「火神くん、もう泣くの止めなよ」
「…お前は悲しくねーのか、お前だってチームの一員だろ」
「悲しいよ」
「…」
「すごく悲しいし悔しい、いますぐ時間を戻して試合をやり直したい」
「…じゃあ、涙だって出るだろ」
「それが出ないんだなあ」
「なんで」
「さあ、なんでだろうね」

泣いている火神くんをよそに、私はその場でくるりと一回転した。空を仰げばもう、夕方だ。夕方の公園のベンチに静かに泣き続けるやけに図体のでかい男が一人、そしてその男を見つめる女が一人、まあつまり私と火神くんなのだけれど。うーん、なかなかどうしてシュールだ、とても。夕方の公園はカップルがいちゃつくところと相場が決まっているだろう。火神くんはそんな私を見て泣くこともやめて呆れたような顔をした。

「…おまえ、なんか可哀想だな」
「何言ってんの、どうしてよ」
「それがわかんねえのが、可哀想ってことだよ」
「意味が分からないよ、火神くん」

「どうして悲しいってだけで泣くの?」
「どうして悲しいってだけで泣いちゃいけねーんだよ」

火神くんはそう言ってまた悲しそうな顔をした。その大きな手は、決して私に触れたりしない。彼と私の間には今も変わらず一定の距離がある。だけど彼の声が、瞳の光が、確かにそこに存在している熱が、静かに私の中で息吹いているのを、私は黙ってただ感じていた。意味のない行為に価値なんてないでしょ。なのに、悲しいってだけで泣いてもいいというの?鼻で笑おうとしたのに、気付けば頬がやけに湿っぽい。…ねえ火神くん、私、誠凛が負けて悔しいの、私の大好きな人たちが泣いているのが悲しいの。この塩っ辛いやつは、もしかしなくても涙ってやつでしょう?「…泣いてんじゃん」知ってるよ、ばあか。意味なんてないことは知っている、あの日愛犬が死んだ時みたいに、落とした林檎飴やテストの点数で泣いたみたいに、だけれど私はあの頃みたいにただ純粋に、悲しいというだけで、泣いている。塩っ辛いね。私がくぐもった声でそう言うと、火神くんもやっと笑った。「それが、生きてるってことだよ」そうなのか、知らなかった。火神くんの大きな手がようやく私の頭を撫でた、そう、とても、不器用に。「んで多分、それが生きてくってことだ」




しい





獣    




(120623)