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春一番というものがどういうものか未だによくわからないのだけど今日はとても風が強い。寒々しかった昨日までとは違って今日はどこか温かい。心なしか太陽まで優しい顔をしている気がする。もうすぐ春だと思わせるには申し分ない天気だ。

自分の中で受験戦争も終わりを告げ(つい先日推薦で神奈川の高校に合格を果たした)、日当たりのいい犬走りで日向ぼっこをしていると後ろから聞きなれた声が聞こえた。「涼ちゃん、やっぱりここにいた」今日の太陽みたいに優しくて透き通った声。オレの可愛い可愛い彼女。

「なまえっち。それに青峰っちに緑間っちも」
「何してんだお前、こんなところで」
「ここ、オレの隠れスポットなんスよー」
「俺たちが来ている時点で隠れてないのだよ」
「いやまあそうなんスけど…言葉のあやってやつ!」
「私も前涼ちゃんに連れてきてもらったもんね」

三人はそう口々にいいながら、オレの横に腰を下ろした。ああいい天気、布団があればこのまま眠れそうだ。横の緑間っちが眩しそうに眼を伏せた。

「緑間っちはもう進学先、決まったっスかー?」
「当たり前なのだよ、オレが人事を尽くさないとでも思っているのか馬鹿め」
「くはっ、相変わらず手厳しいっスね」
「黄瀬は馬鹿だからな、しゃあねえだろ」
「青峰っちは正直オレと張るレベルでしょ」
「うるせえ」
「真ちゃんも大ちゃんも、もっと涼ちゃんに優しくしてあげてよね」
「それは無理な相談なのだよ」
「だな」
「二人とも酷すぎ!じゃあオレたち三人とも、別々の高校っスか」
「次会うときは敵同士だな」
「なんかすげえ、変な感じするなあそれ」
「んで、なまえっちは、どっちにしろオレと一緒っスもんねー?一般受験でしょ?」
「それなんだけどね…ごめんね、涼ちゃん、いろいろ考えたんだけど私、誠凛に行こうと思うの」
「…え?」
「なんだお前、知らなかったのかよ」
「黄瀬はみょうじに疎すぎるのだよ、彼氏なのだろう?」
「え!だってオレ、そんなこと一度も聞いてないっスよ!」
「調べたら誠凛でしか取れないカリキュラムがあって、それで決めたの」
「そんな…」
「…まあでも、会えないわけじゃねーしな」
「うん…言うの遅くなってごめんね、涼ちゃん」

なまえっちは弱弱しく笑った。そりゃあ最近、なかなか会えていなかったかもしれない。なまえっちは塾通いで忙しかったし、オレもモデルの仕事とか面接の練習とかでなかなか時間が取れなかった。でも、これってなんだかおかしくないか?なんで俺が知らないのにその二人が知っているのねえなまえっち。オレが心が狭いのだろうか。付き合い始めてずっとどこかで思っていたけれど、オレと彼女は決定的に、何かがずれている。彼女が何を考えているのかわからない。なんでオレを特別扱いしてくれないの。ねえ、ねえ。

「あーもう風!うっとおしいわ!」
「青峰、自然を相手にしても無駄なのだよ」
「うわあ、スカートめくれちゃう」

風が強い日だ。軟らかくて温かいはずの空は一変して、今は干上がった湖にしか見えない。ぱさぱさに、乾いている。俺たちの関係みたいだ。ひび割れた地面があっという間に顔を出す。「もうすぐ、春だねえ」そんなオレを気にした様子もなく、なまえっちが笑う、からからと笑う。どうしてこんなにずれているのに、乾いているのにオレは彼女を嫌いになれないのだろう。恋愛は後手に回ったほうが負けだけれど、それはディフェンスでも同じだけれど、少し理不尽すぎやしませんか神様。オレはまだこの理不尽を愛せるほど大人になれそうもありません。「…そっスね」耳鳴りが、する。びいんびいんと奥のほうで鈍い音がしている。それを彼女はきっとわからない。この違和感も、不安も、全部オレにしか理解できない。それだけのことが馬鹿みたいに高い壁になってオレたちの間を阻んでいる。そんなことで悩み続けている間に時は過ぎて、もう卒業だ。それまでに、オレはどうか大人になりたい。こんな彼女を許容できるような包容力が欲しい。だけど間に合わないなら春一番なんて永遠に吹かなくていい。痛いだけの春なんて、優しくない四月なんてこれから先もずっと、ずぅっと、来なくていいのに。


僕にしか聞こえない




すごく庶民的な黄瀬。
(120623)