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ちろちろと不安定に揺れる灯りを、わけもなく見つめていた。耳を澄まさずとも聞こえる壮大な虫たちのオーケストラ。消え入るように、鳴く一匹の虫たちの鳴き声も集まればあんなふうになるのだなあとしみじみ思う。塵も積もればなんとやら、だ。行灯の光が再び小さく、揺れた。



愛しているという表現は、その昔この国にはなかったらしい。それこそかの有名な作家先生が「今夜は月が綺麗ですね」と、三つの単語から成るその言葉を最初に訳したという話があるように。アイ、ラブ、ユウ。たったそれだけの言葉に、昔の人はどれほどまでに神経を使ったのだろうか。

「ねえ修悟ー、あっついねえ、」
「行灯の近くに寄りすぎなんじゃねえの、ただ単に」
「バーカそんだけじゃないっつの明らかに」

こうやって修悟と祭りに行くのなんていつぶりだろうか。幼馴染というよりは、腐れ縁。ずっと傍にいた。だけど私たちは傍にいただけだ。ただそれだけの関係を、だらだらと続けてもうこんな歳になってしまった。

「大体、なまえの鼻緒が切れるからこんなことにいるんだろ俺ら。」
「うっさいなー、不可抗力でしょ、フカコーリョク。」

そう言われて思わず憎まれ口を叩いてしまう。昔から何も変わってない。修悟と、あたしと、そして二人の関係。進歩しないことと退化しないこと。それは同義に見えて実は正反対のことなのかもしれない。時折虫の鳴き声に混じって聞こえる祭囃の音が、なんだか非現実的でひどく滑稽なものに思えた。


横でちろちろと行灯の灯りが揺れている。その向こう岸にあるあくび混じりの修悟の顔は、随分とオトナの顔になってしまった。そして多分それは、あたしもだ。

「…帰ろうぜ」
「は。無理だよこれ、千切れてるし」
「ここまで歩いてきただろ、裸足で。家まで歩けるって」
「ちょ、マジ無理、はしょーふうになる。」
「ならねーよ医学の進歩舐めんな」
「とにかく、いやなものはいやだ。」
「ったく、…しっかたねーな、…乗れ」
「よっしゃよく言ったその言葉を待っていた」
「死ねよほんともう…よっこいしょ、っと」
「うはあ、視界が高い!!!修悟!これやばいよ!」
「ちょ、馬鹿揺らすなてか、行灯どうすんだよ。」
「大丈夫大丈夫、明日明るくなったらあたしが取りにくるから」
「じゃあもうここに泊まれよお前…」
「聞こえない聞こえない、さあ出発!」




ゆらゆらと不安定なままで歩みは進んだ。夏のあの、生暖かいような涼しいような夜風が二人の髪を不器用にさらっていく。祭囃の音が比例するようにでかくなった。修悟のつむじの上にいるという懐かしい感覚に、なんだか泣きそうになった。昔はあんた、私より小さかったんだぞ。

「つかなまえ…重い」
「失礼な!!!これでも標準体重だよ!!!」
「いや、駄目だろそりゃ」
「うるさいなあ、あんたも変わってるんだからあたしだって成長してるよ、当たり前でしょ、」
「…そっかあ、そうだよなあ…お前、髪あんなに短かったのにな」
「あんただって、あんなにチビだったのに。」


「お前抜かしたくて牛乳吐くほど飲んだもん。俺の努力の勝利だろ。」
「…声だって、低くなっちゃうしさあ、足だってかなわないしさ、あー、いいな、男子。」
「残念でしたー。まだまだデカくなるぜ、多分俺。」
「バーカ、あたしはあんたがただ…」

どうしようもなく遠くなっちゃったのが寂しくて、とは言えなかった。プライドの問題かそれ以外か、なんて考えたくもない。突然沈黙したあたしを不審に思ったのか、おもむろに肩越しに見つめられた。

「…なーんでもない。」
「はあ?…まあいいけどさ」



歩みが再開する。物理の授業で先生が言った、摩擦係数は開始地点においての時が一番大きいのだ、なんて言葉を思い出した。多分それって、全てのことに共通して通用するのだろう。あたしをおぶるこいつの足にかかるそれと、あたしたちの関係にかかるそれと。進化も退化も、正反対の意味をもつにしろもたないにしろ、停止の恐怖にはかなわないのだ、結局。
叶ってね、モテるんだよ。いつか、誰かがそんなことを言っていたが私には信じられなかった。多分、信じたくなかったのだ。変わらないと思ってたものが、変わっていくことを私はどこかで恐れていたから。


「ねーあんたさ、」
「あ?」
「大学、地元出るんでしょ?」
「あー…そうだな、今のところ。」


「そっかあ、…」
「え、てかお前ちげえの」
「あたし?一応地元。」
「…ふうん。」

吃驚はしていたようだが、理由までは問われなかった。様々な家庭の事情があるのだから、気を使ったのかもしれない。昔はそんなこと気にせずに、お互い憎まれ口を叩いていたのにね。いつしかお互い本当に触れちゃいけないところには触れないように、うまく迂回する技を身につけていた。昔よりずっと、あざとくなっているのよね、あたしたち。夕日の朱にまみれながら静かにそう言った友人の横顔が瞼の裏を過ぎって、すぐに消えた。


「そっかあ、…」
「ああ、」


「あんまり、会えなくなるね、あたしたちも。」
「腐れ縁もここで終止符だな。」
「…たまには、帰ってきなよ」
「…てかまだ受かってねえよ。」

受かるよ。何故かわからないけど確信した。だけど言葉には出さないでおこう。ふさふさと伸びた黒髪を見下ろす。この色も半年後には人工的な茶色になるのだろう。

「あ、」
「…どうした。」


ねえ、



「月がすごく、綺麗だよ」



この言葉の裏に隠した真意など読みとってくれなくていい。こんな風にしか真意を伝えられないあたしを、理解などしてくれなくていい。いまさら、いまさら。全部もう今更だ。結局こうして誰もが自ら停止を求める。何故ならそれは楽だからだ、安寧とは心地よいから。さながら肌に馴染んだ綿のTシャツのように。泣き出しそうにもなれない素直じゃない、馬鹿な私はこうやってまた後悔を積み重ねる。今更、私たちの関係に摩擦係数などかかる隙間もない。きゅっと、こいつの肩をつかむ両手に力を入れて、大切だった、修悟との時間を浪費していくのだ。いつか積み重なったこんな思いも、無くなってしまうのかなあ。振り返るともうだいぶ小さくなってしまった行灯の黄色い光がまた、朧気に揺れた、ように見えた。

レトロ




(愚かで可哀想な、残骸の山をぐちゃりと踏み潰す。)

(110321)
(120129 加筆修正 再録)