幼なじみ。幼いとき、仲良く遊んだひと。
幼なじみ。少女漫画などでありふれた設定。

前者はただの昔仲良かったひとたち、後者はいまも仲良くてひょっとしたら…?というおいしい展開が待っているひとたちだ。家が隣だったりしたら王道。
わたしにとって幼なじみと言えるであろうひとは、どう考えても前者。そもそも幼なじみという言葉をあてはめてもいいのかも疑問だ。幼稚園から小学校、中学校、そして現在高校3年。ずっと一緒と言えば聞こえはいいけど、別にお互い約束して一緒なわけじゃない。中学までは流れで一緒、同じ高校選んだのだってきっと偶然。それ以上に素敵な展開なんてありはしないの。

とは言いつつも、だ。ここまで言うと全然仲良くなかったように思われるかもしれないがそうでもない。小学校まで遊んだり毎日一緒に帰ったりした仲だ。でも中学生になると年頃だからか、ただ一緒にいるだけで付き合ってんの?なんて言われる。初めは違うと答えていたものの、なんとなくお互い離れていった。それまで一緒だったのに中学時代からわたしたちの間には大きな壁ができている。もう一緒にいたって何にも言われないであろう現在に至るまで、その壁は立ちふさがったまま。むしろ年追うごとに壁は高くなっている気さえする。今わたしがあの頃みたいに近寄ったところで、何をいまさらと思われるのが怖い。昔は昔、今は今と思ったほうがいいのだろうか。あの頃は、と思い出にしてしまうべきなのだろうか。それはあまりに寂しいけれど、傷つくよりもましだ。






「沖田くん」






早々とプリントが終わって何もすることがない。相変わらず何も書かれていない綺麗な黒板を眺めていると隣から声がかかる。銀八が最近はまってるらしい小テストは隣と交換して答え合わせをする。丸つけせずにすむから楽だとかなんとか言ってやがったような。そういえば昨日席替えしたんだっけ。隣からは久しぶりに聞いた声。小学校くらいまではよく遊んだやつ。すきな漫画とかゲームがけっこうかぶってて、ゲームの発売日にこいつん家行って朝まで一緒にやった覚えがある。あのあと姉ちゃんにすげー怒られた。

なんで今こんな状態かって聞かれたらまわりが思春期だったからだ。中学生ってなんてめんどくさい時期。俺は、たぶんこいつも、まわりの声は気にしてなかった。でも一度だけ、慣れたはずの会話に何故か苛ついて、ひとりで先に帰ったことがある。きっとそれくらいからだ。一緒に帰らなくなって、名字で呼ばれるようになったのは。

前に目を向けたまま右側からプリントを受け取り、自分のを渡す。じゃあ各自丸つけしたあとは自習ーといつもと同じことを言う担任。視線を下げてプリントに見てもそこに並ぶ字はちっとも懐かしくなんかなかった。なんでィ、いつの間にこんな字書くようになって。昔はまるっこいガキみてェな字しか書けなかったくせに。






「なぁ」

「…なに?」

「…赤ペン、貸して」

「ん、はい」






いつも教室で聞いていた声なのに久しぶりに聞いた気がする。やっぱり聞き慣れた声よりも低くなっている。あたりまえだ、もう何年経った。大人からみればたったの数年、でも子どもにとっての数年はすごくすごくいろいろ詰まっているのだ。

プリントに書かれている字は懐かしく思える。変わってないなぁと安心してしまった自分に心のなかで注意した。わたしが知っていることは、このひとのほんの数年のうちのほんの少しにしかすぎないのだと。






「なまえ、大丈夫アルか?」

「え、うん、なんで?」

「ぼーっとしてたネ、自習用のジャンプ忘れたアルか?」






ふと隣を見ると、その隣に座るチャイナと喋っているのが見えた。なんとなく、チャイナがすっげー羨ましい。なんとなく、って理由はわかってる。簡単に名前呼べて名前呼ばれて、簡単に会話できるのが、だ。んなことが羨ましいなんて馬鹿らしい。そう思いつつも何にもできねェのがいちばん馬鹿だ。あー名前呼びてェ。






「なまえ」







するりと耳に入りこんできた音はひどく懐かしい響きだった。声も身長も顔も、それにわたしたちの繋がりもあの頃とは違っているのに、同じように聞こえて、同じようにわたしのなかに溶けこんでふわっと暖かくなる。

この感覚だ、わたしが欲しかったのは。

大きくて高い壁が崩れていくような気がした。たった一度、呼ばれただけなのに。恐る恐る左を見ると頬杖をついて軽く唇を尖らせて黒板を見ていた。






「なに?」

「べつに」

「……」

「……」

「…ふふ」

「なに笑ってんでィ」

「…総悟だって笑ってるくせに」

「、うるせ」






再会とやさしい記憶







100719

お互いをおもう気持ちは、あの頃と同じなのです