昼休みになると教室も廊下もわいわいと騒がしくなる。机をくっつけてお弁当を食べていたり、中庭でバレーボールで遊んでいたり、廊下で談笑したり。



美術室。

そんな喧騒から少し離れたこの部屋の窓際にある机に腰掛けてグランドを見下ろせばΖ組の奴らがドッジボール(らしきもの)をしていた。



「あ、もう来てたの?」

「この俺を待たせるたァ、いい根性してんな」

「ごめんごめんコンビニまで行ってたから」

「飯くらい食堂か購買で買えよ」

「だってすごい混んでたから、コンビニのほうが早いかなって」

「はいはいもういいからさっさと食え」

「ごめんって。よし、いただきまーす」



そういって俺が座っている机の隣の席に腰掛けた。袋から出てきたのは大きめのコンビニ弁当。サンドイッチとかおにぎりとか、もう少し手軽なもんを買ってこいよ。ただでさえ食うの遅いくせに。



「おいお前、飯食うだけで昼休み終わらせるつもりかィ」

「大丈夫大丈夫、すぐ食べ終わるからちょっと待ってて」

「…わかった、俺が手伝ってやらァ」

「お箸がないから無理でしょ」

「じゃあ手で」

「沖田トイレのあと手洗わないとか言ってたじゃない。絶対やだ」

「あれはただの冗談でィ。…………たぶん」

「やめてください」

「敬語をやめてください」



ハンバーグを口に運びながら睨まれた。視線を無視して弁当を眺める。相変わらず食べるの遅ェなこいつ。遅いうえに残すのを嫌うやつだから、いつも誰かにあげたり自分で食べたりしている。自分の食べられる量を早く理解しやがれ。



「沖田はもう食べたの?」

「食べた。でも腹減った」

「え、もう?」

「成長期なんでねィ。つーか喋ってねえで早く食え」

「はーい」



口にいっぱい詰め込もうとするこいつを横目に、机からおりて用具がたくさん並ぶ棚に向かう。引き出しを開けて中を確認。はさみ。絵の具。違う。ひとつ隣の引き出しを開ける。あー…たしかこのあたりにあった気がする。ほら見つけた、カラフルなそれ。



「ペンげっとー」

「よし順調じゅんちょー。あ、土方くんから画用紙ちゃんともらってきたからあとよろしく」

「……」

「…っ、いた!ちょっと投げてこないでよ」

「悪ィ、手がすべった」



まだまだ残る弁当を食べながら頭を押さえる隣に、今度はちゃんと椅子に座る。机にはさっき見つけたペンと渡された画用紙。くしゃくしゃじゃねーか。



「で、なに書くんでィ」

「……」

「……」

「……」

「……おいコラ」

「……っ、あー!」



画用紙のシワを伸ばして軽く整えながら顔を横に向けると眉間にシワを寄せながら弁当をつついていた。でも何もつかめていない。



「え、なんだっけ。今週は朝の服装検査しますよーみたいな?」

「……」

「……あ、っと、」

「……」

「…お!…あーあ」

「へたくそ」

「転がるんだってば」



弁当の中身はあらかた減っていて残りはハンバーグの隣にいたサラダのみ。どうやらこのトマトがつかめないらしい。現在進行形でトマトは箸に追われて転がっている。



「箸、貸して」

「えー沖田にできんの?」

「…ほら」

「まじでか」

「箸の持ち方がおかしいからつかめねーんでィ」



トマトを戻して箸を返し、持ち方がいまいち分からないなんて言うから机に並んだペンを手に取る。



「こう」

「こう?」

「違う、こう」

「え、違うの?」

「中指が違う」

「…わかりません」

「そんなんじゃあいつまでもそのトマトは食えねーや」

「あー…でもやっぱり結婚するときはさ、相手のご家族のまえでマナーはしっかりしなきゃいけないよね」

「まあそれは気にする必要ねーや」

「…どういう意味」

「まず結婚相手なんてできるわけがねぇから」

「うん、そういうと思った」



くるくるとペンを回しながら弁当を眺めていると、またがんばってトマトと戦っている。ただでさえつかめないのにちゃんと持ち方を直してつかもうとするもんだから、ぎこちなくてしかたない。しかもまだ間違ってる。



「だーかーら、こうやるんでィ」

「何が違うの」

「ぜんぶ」

「全否定!?」

「初めは一本で持って」

「こう?」

「そうそう。んで、もう一本」

「んーと、」

「なんか、違う」

「ええ?」

「ほらもっかい、貸しな」

「ん、はい」

「こうやって、ここは交差しちゃいけねーんでィ」

「なるほど」

「ほら口開けろ」

「なんっ…うぐ」



このままだといつまで経ってもトマトが口に入ることがなさそうなので無理やりつっこんでやればそれはもう、すげーぶっさいくな顔してらァ。



「ちょっと何すんのよ」

「だって全然つかめてねェだろィ」

「まあ、…そうだけど。でも沖田ってほんと綺麗に持つよね」

「俺の姉ちゃん、箸は厳しいんでねィ」

「へぇ、なるほど〜」

「だからみょうじもがんばりなせーよ、俺もびしばし指導してやらァ」

「え、なんで」

「姉ちゃんの前で飯食うとき困るのはあんただろィ。俺だっていつまでも待ってられやせんから」

「…それってポジティブにとらえても?」

「……好きにしなせェ」




淡水に溶けた空気



(あ、委員会のポスター書いてない)
(服装検査なんて抜き打ちでやるほうがいいだろィ)





110927

お箸の持ち方が綺麗な沖田くんって萌えませんか