「では、おやすみなさい」

私は二人にぺこりと頭を下げて自分の部屋に向かう。今日は豪雨のために急遽宿を取ることになった。いつもは三人泊まれる一部屋で取るのだが、今日はデイダラさんに甘えさせてもらってふた部屋取ることにした。というのも、あの爆発事件以来トビさんといるとドキドキすることが増えたからだ。このままではいけないと思い、距離を取ることにしたのだが…。

「………」

寂しい。
いつもは明日はどこまでいけるか、何が食べたいかなどを適当に話し合って、時々アナログゲームで遊んでは夜中まで騒いで賑やかだから、いざこうやって一人になると少々物足りなく感じてしまった。
だからと言って私が宿を取った手前、今更寂しいから同じ部屋で寝泊まりしたいなんて言えないし、どうしたものか。

それにしても、なんで今更トビさんにドキドキするようになったのだろう。いや、トビさんじゃなくてオビトさんにドキドキしているのか?どっちなのか、どっちもなのか、どう考えても判断がつかなくて、ひいてある布団に思い切り倒れこむ。

「うー…ん。うぅ………ん」

ゴロゴロと何度も寝返りを打って唸っていると、じきに眠気に襲われた。
考えるのはやめだ、と思考を投げ出して睡魔に身を委ねると、間も無く私の意識は沈んでいった。



ちゅんちゅんと小鳥の囀りを聴きながら、ゆっくりと瞼を持ち上げる。んーっと伸びをしようとして、腹部と背中に違和感を感じる。いや、違和感どころか私以外の寝息が一つあるではないか。

「うへあ〜〜」

恐る恐る首を巡らせて背後を見ると、穏やかな寝息を立てるオビトさんの綺麗な寝顔があって変な声が出た。
いやまて、変な声とか出してる場合じゃない。なんでこの人はここにいて、なんで私を抱きしめて寝てるのだ。焦る私のことなど気に止めもしないその寝息に少しムカつく。

「お、オビトさんっ、一体何をしてるんですっっ」

怒ろうとしているのに緊張で早口になるし、声は裏返るしで全く格好がつかない。それもこれも全部オビトさんのせいだ。

「ん…っ」

私の声が聞こえたのか、オビトさんがゆっくりと瞼を持ち上げる。パチリと目があったと思うと、ガバリと体を持ち上げ、「夜這いっスよ夜這い〜〜」なんてトビさんの喋り方をなさるけれど、残念ながら素顔である。

「オビトさん…」
「………悪い…」

惚けられないと判断したのか、オビトさんは自らの頭を抑えて項垂れる。まさかそんな反応をなさるとは思わなくて、むしろ私が焦ってしまう。

「そ、そんなに怒ってませんから、理由だけ教えてください…!」
「理由…」

オビトさんは視線をそらして身なりを整えると、ポツリと呟く。

「夢を見た」
「え…?」
「感謝と、別れの言葉だった」
「なにを…?」
「俺よりも、あいつはわかっていたんだ」
「オビトさん…?」
「俺の心が移ろいでいることを」
「なんで…」

彼の頬を濡らす雫を見過ごすことはできなかった。指の背でそっと拭って、手を伸ばす。優しく、壊さないように優しく、その体を抱きしめる。今はその姿が小さく見えて仕方なかった。
茫然自失で涙を流す彼を放っておけるはずがない。だって、私は、きっと彼を…。

「怖い…。怖いんだ…。踏み込まれるのが…。俺とあいつの領域を荒らされるのが…」
「………」
「なのに…夢から覚めた時、真っ先に浮かんだのはお前の笑顔だった。リンを埋め尽くすお前を、俺は憎むべきなのに」

震える声に胸がひどく痛む。
まるで痛みを共有しているかのように感じて、奇妙な高揚が私を侵食していた。

「リンがいない世界を本物だと思いたくはない。だけれど、お前がいる世界を偽物だと否定したくない。わからない。わかってる。エゴでわがままだ。ガキ臭い。それでも、俺は、オレ、は」

もう、限界だった。
声は震える。
指も、口も、全部全部。
だけれど、告げてしまいたかった。
これが彼の逃げ道になってしまうかもしれない、それでも自分の気持ちに嘘はつけなかった。


「わたし、あなたが好きです」


びくりと彼の体が跳ねる。私を突き飛ばさないのは優しさだろうか。それとも…。

「私がオビトさんを好きな気持ちは本物です。誰にも否定させない。あなたが少しでも私を思っているのなら、それで十分です…。私は、それだけで…」
「名前…」

生きていける。そう続けようとした唇はもう動かなかった。

驚きはあった。
けれどそれよりも、これが彼の答えだと思うと嬉しくて仕方ない。

「…この世界は偽物だと思う」
「オビトさん…」
「だが、本物に変えることもできると…思った」
「っ!」
「お前となら、な」

それは初めて見る心からの笑顔で、言葉が出てこない。ああ、なんて純粋で美しい笑みなのだろうか。ただただ、心底この人を好きになってよかったと、そう思った。
すきなひと

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