「お前が名前か」
「え、あ、はい。そうですけれど…」
「一緒に来てもらう」
「え!?っきゃあああああ!!!」




今でもあの日のことを鮮明に思い出せる。

「マダラ様、お加減はいかがですか?」
「問題ない」

しかし、それが幾年も過ぎれば過去のこと。私を攫った今の主人の世話をするのも随分板についてしまった。自由に体が動かないうちはマダラと名乗るこの老人は、横暴なことを言ったりするが暴力を振るわれたことはないので、今や驚くほど心を許してしまっている。
しかし、殺されるかもしれないという恐怖を彼は常にまとっており、不思議なくらい逃げ出そうとは思わなかった。この生活も存外悪くないと感じるのは感覚が狂ってしまっているからだろうか。

「戻ったぞ」

その時、この地下に声が響き渡る。凛としたその声は、あまり得意じゃなくて、思わず肩が揺れた。
今はうちはマダラと名乗り、本物のマダラ様に変わり行動するうちはオビトさん。私を攫った張本人だ。ここに帰って来られるのは珍しい。

「お帰りなさいませ、オビトさん」
「ああ」

彼の目は冷たくて少し怖い。私はその目で見られるのが得意ではなかった。だから、まるで視線から逃れるように顔を伏せてしまう。いつか咎められるのではないかと怯えながら、そっと距離をとって。

「名前」
「は、はい」

マダラ様の声に慌てて顔を上げる。「今からオビトと話がある。お前は席を外せ」そう命じられることも少なくはないので、特に何かを気にすることなく頷く。そして一礼をしてからこのだだっ広いだけの空間に、私のために作られた部屋にこもる。
部屋はベッドだけではなくて、家電製品やらキッチンやらが揃っていて、どこから持ってきたのかは一切わからないし、電気や水道が通っている仕組みもわからないが、生活することに不便はないので文句はない。少なくともマダラ様はお食事を召し上がらないし、オビトさんも基本的にこの地下空間にいらっしゃらないから、料理は専ら自分のためだけに用意する。それが私に唯一与えられた娯楽だった。

「そうだ、ご飯用意しよう…」

この空間に来てから時間感覚は曖昧だ。朝も昼も夜もはっきりしておらず、眠い時に寝て、お腹が空いた時に食べる。時々手が凝った料理を作っては無理やり白ゼツたちに食べさせるけれど、評価は概ね好調なようで大変嬉しい。

冷蔵庫の中身を確認して、適当に作るものに目星をつける。そうしていざ料理を始めようとした瞬間「ここにいたか」と背後から声がかかった。

「え!?」

驚き振り向くと、そこには話が終わったのだろうかオビトさんがいて、慣れない方の登場に心拍数が著しく向上する。

「え、え、どうしたんですか?」
「来い」
「来いって…どこに…」
「これからはお前も一緒に行くんだ」
「はい?」
「マダラからの指示だ。行くぞ、名前」
「待ってください!!だからどこに行くというのですか!!」

「暁だ」

ああ、神様仏様マダラ様。
どうして私を見放したのですか。
これは一体、なんの罰だと仰せられるのでしょうか。
それは始まりの日

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