一番星番外編 | ナノ



「シカマルくんシカマルくん」

隣の席の彼にこっそり声をかける。黒板の前で教鞭を振るうイルカ先生にバレないように小さく小さく。彼はだるそうな顔でこちらを見ると「んだよ」と眉をしかめた。

「ここ、どう言う意味…?」
「……どこだ?」

今日何度目かの質問に、シカマルくんは慣れた手つきで私の手元を覗き込んで来る。私は人一倍理解が遅いし、シカマルくんみたいに効率よくできないから、こうして彼に助言を求めるのは結構いつものことだ。

「ああ、これか」

シカマルくんは開けていただけのノートをこちらに引きずって来ると、迷いなくペンを走らせる。なんでそんなに頭がいいのか、甚だ疑問だが、きっと脳の作りが違うのだろう。
彼は逐一説明を挟みながら懇切丁寧に教えてくれた。時々挟まる図解もわかりやすい。どうしたらこんなに綺麗に整理できるのかも謎。もう五年、六年隣の席にいるのだから、頭の良さがうつったっていいじゃないか。

「で、これが…」

とまた説明が始まった瞬間、チャイムが鳴り響く。イルカ先生は授業を切り上げると、宿題を出して教室を出て行く。それと同時に多数のブーイングが上がるのは聞き慣れたものだ。
だけれど、シカマルくんの授業は終わらない。私ももう少しこのままでいたいからあえて何も言わずにずっと彼のペン先を見つめ、その脱力した声に耳を傾ける。

「それから、この術は…」
「うん」

彼の言葉と、術の仕組みをノートに書き写して行く。今日の授業はもう終わりだから、教室からどんどん人がいなくなって行く。「シカマルぅ、一緒に帰ろ」と誘いに来たチョウジくんに一言「悪い」と告げて、シカマルくんは色ペンでノートを飾る。それが申し訳なくて小さくごめんねと謝ると、チョウジくんは「ううん、気にしないで。じゃあ、ボク帰るね」と手を振って教室を出て行った。

「よかったの?」
「なにが」
「チョウジくん」
「ま、いつも一緒だしな。こういう日があってもいいだろ」
「まぁ…シカマルくんがいいならいいけどさ…」

私たち以外誰もいなくなった教室は夕暮れに照らされる。シカマルくんの声だけが無人の空間に異様なほど響いて、なんだかこの時間好きだなぁと素直に思った。

「ほらよ、これで終わり」
「あー、ありがとう〜。よくわかったよ」
「そうかよ」

シカマルくんも私もノートを閉じてそそくさと帰る準備を始める。その間は何も喋らずに、だけれど嫌な気はしなくて、むしろ落ち着く。

「じゃあ、帰るか」
「うん。じゃあね」
「は…?」
「え…?」
「…めんどくせぇな…。送る」
「へ…?」

身支度も済んで、いざ帰ろうと手を振ると、目を見開かれて思わず足が止まった。
送るって…そういうこと? と理解が追いつく前に手にしていたノートや武器一式が入った風呂敷を持たれる。そのまま彼はスタスタと教室の出入り口に向かってしまって、私は慌ててその背中を追いかける。

「ま、待って待って、シカマルくん!」
「またねえよ」
「大丈夫だし、一人で帰るよ…!」
「めんどくせぇけどなぁ、お前は忍の前に女だろうが」
「なっ…!!」

まさかシカマルくんにそんなことを言われると思っていなかったため、急激に頬が熱くなる。当の本人は素知らぬ顔で先を歩いてしまうし、自分だけ変に意識してしまうのがもっと恥ずかしかった。

「し、シカマルくん私のこと女の子に見てくれてたんだ」
「当たり前だろ」

必死になって言葉を絞り出したのに、ぽんぽんと頭を撫でられてしまって、いてもたってもいられなくなる。からかうつもりで言ったのに、今日のシカマルくんなんか変だ。

なにか、なにかないだろうか。
彼に勝てる何か。
このまま私ばっかり真っ赤になってるなんて性に合わない…。

「シカマルくん…」
「ん?」

ピタリと足を止めて、その背中に投げかける。
いつ言おうかと考えて、今の今まで言えなかった言葉。
今日しか意味がないその言葉を。


「誕生日、おめでとう」


振り向いたシカマルくんは一瞬固まるが、すぐさま前を向いて「おう」と呟き何事もなかったかのように歩き出す。ダメだったか…とため息が出そうになったその時、彼の耳が赤くなっていることに気付いた。

「!!」

シカマルくん〜〜、上がる口角を隠すことなく彼に走り寄る。覗き込むその顔はやっぱり赤くて、思わず吹き出してしまった。


「あはは!真っ赤〜!!」
「うっせえなあ!!あー!めんどくせぇ!!」

やっぱり、こうやって二人で騒ぐのは楽しい。
赤く染まった帰り道。私たちの笑い声は、秋を告げるツクツクボウシの声とともに風に溶けた。



9/22 Shikamaru's birthday!

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