007

その日、私は夢を見た。
星遁が発現する夢だった。
母も一族の者も全員私を認めて、笑顔でよくやったって褒めてくれる夢。
それこそ、夢みたいな。

「…………」

瞼を持ち上げた私の頬を涙が伝う。
これが私の望みなのだ。
褒められたい。期待に応えたい。なのに応えられない。出来損ないだから。混血だから。

ゆっくりと体を起こす。私には大きすぎるベッドだ、まるで心に隙間があるように感じて泣きそうになる。
だけれど涙は堪えて。今日も修練はあるのだから。
部屋のカーテンを開けて部屋に朝日を招き入れる。自室に備え付けられた洗面台で顔を洗い、着替えを済ませて部屋を出る。

やはり恐ろしいほどの静寂。
まさかと思ってダイニングに入っても、中には誰もいなかった。朝食の準備もない。

ぞわりと身の毛のよだつ感覚。

私は慌ててダイニングを飛び出し、屋敷中を走り回る。

「誰か!!誰かいませんか!?」

二階、一階。
果てには屋根裏も。
走って声をあげて、泣きそうになりながら。
でも返事はない。

嘘だ。夢だ。
そんなことはない。
信じたくない。
受け入れたくないと願いながら、心臓はばくばくと鳴り響く。

「はぁ……はぁ…」

走り回った足は棒のようで、まるで引きずるように前に進む。これを否定しない限りは、止まれない。

「だれ、か…。誰でも、いいから…。誰か…。母…様……?」

どれだけ探しただろう。
何度同じところを探しただろうか。
誰もいない。
あんなにも溢れていた一族の者が、誰一人。

怖くなった私は母がいるかもしれない修練場に向かおうと家を飛び出す。

しかし、一歩は出なかった。
代わりに、喉から上擦り声が溢れる。

その光景は余りにも凄惨で。

「なに、これ…?」

森が、消えている。
まるで大量の隕石に撃ち抜かれたかのように地面は抉られ、木々は倒れ臥している。
この惨状には相応しくない呑気な鳥の鳴き声が余りにもリアルで、余計に現実を突きつけられた。

「……っ、ながれ…」
「っ!?か、母様…?」

地面から聞こえる声に私は慌てて足下を見る。そこにはボロボロの母が倒れていた。「どうしたのですか!?一体なにが…っ!」母の体を起こそうとするが、首を振られ伸ばした手を引っ込める。その代わりその場にしゃがみ込み、彼女の言葉に耳を傾けることにした。

「クーデター…です」
「クーデター?」
「そう…、…ちはに感化…れて…。こんけ…ものども…が……この、はにたいし……く…でた…を」
「待って、母様!聞こえないっ、私、きこえ…っ」
「せいとんは……さとに、きがいを…。だから……かくりしなければ………。わたしが…とめ……ければ……。みなを……ころ、して…こ…は……まも…らな……ば」
「母様!!」

ゆっくりと母の瞼が落ちていく。落ち着いて母様を助けなければいけないのに、どうすればいいのかがわからない。どれだけ大人ぶっていても、所詮は子供。

「……ながれ……。けがは……ありませんか…?」
「そんなことより、母様が…!」
「わたし……は…もう、むり…です…。あなたは……いきて…。わたしのこですから…きっとすぐ…せいとんを……つかえるように…なりますよ……」
「かあ……さま……」

そうだった。
母は厳しかったけれど、私が星遁を使えるようになると常に信じていた。諦めるようなことはしなかった。
無理は言っても、無茶はさせない。そういう人だった。

「ああ………あの人に……よくにた…ひとみ……」
「え……?」

酷くやつれた顔の母は私の頬を弱々しく撫でると、薄く微笑みその顔から生気を引かせていく。ああ、これが死なのだということは容易に理解できた。

きっと、あの人というのが、父のことだということも。

「どうして……」
「…………あいして…」
「やめて…かあさま…」
「あいしておりますよ……ながれ…」
「っ…!!」


それが、母の最後の言葉だった。


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