069
ー違うだろ!!ー
強く響いたその言葉が頭を離れない。
それと同時に、夜空を見上げたあの横顔と、優しく温かい手を思い出す。
俺は、どうすればよかった。
任務だ。命令だ。こなさなければならない。やらねばならない。それは俺の役目だ。だけれど、目の前にいるのは俺を「愛する」といった君で。
壊せばよかった?砕けばよかった?愛などいらないと、踏みつぶせばよかった?
あぁ、そうすればきっと俺は君を殺せた。
ーーのに。
木々の間にその背中が消えていき、それからふっと何かが軽くなった。途端、手先がガタガタと震える。
「?」
知らない感覚。いや、忘れていた感覚…だろうか。
この手は、何度も何度も「誰か」を殺めてきた。その手が、今更、どうして。
ーーそうか、俺は任務を失敗したのだ。だから…。
そう無理やりに納得させて踵を返す。問題ない、あの少女に何かが出来るとは思えない。里には「滞りなく排除した」とそう伝えよう。
ぐっと震える手を握りしめる。
温もりが、消えていく感覚。
また、この寒々しい砂の壁に阻まれた世界で、独りになる。
そんなの、とっくの昔に「諦めた」ことなのに。
「ながれ……」
自分の口から、聞いたことのないような声がして、そっと首を傾げた。いや、こんなものはまやかし。問題ですらない。
結局、何も変わらない。
そのちっぽけな手じゃ、この里も俺も、変えられない。
誰もが、「自分だけを愛して」生きるのだ。
* * *
どれほど森を走ったのだろうか?私は里についたのだろうか?それにしても体が重い。まぶたを持ち上げようとするがピクリとも動かない。ここはどこだろう。夢の世界だろうか?
……夢は好きではない。私の見る温かい夢は、冷酷な現実をより一層突きつけてくるから。
だからそれから逃れようと必死に足掻いてみるが、体力が底を尽きたのだろう、足や腕がガタガタと震えるだけで、思うように動いてくれない。
冷たい風がひゅうっと打ち付ける。隙間風の音。ひんやりとした空気、背中にあたるゴツゴツとした感覚。ここは洞窟だろうか。だとしたらどうしてここに…?考えても埒が明かない。追手の気配は感じない、今はここで息を潜め、体力が戻ったら里への道を探ろう。
「それにしても」
人の声がした。
神経を張り詰めさせ、意識を集中する。感覚系が全てズタボロだが、声を聞くくらいなら出来るはずだ…。
「も…ずき……と、…より……ですね」
「………」
「みは…。わかって……よ」
ダメだ……、全然聞き取れない。敵意…のようなものは感じないが、一体何者だ?
思考を必死に回していると、足音が一つこちらに向かってくる。圧、というよりは存在感。強いそれが私の心をギリギリと握りしめてくる。
私をどうするつもりだ?
何をする?
ここまで運んだのはこいつか?
だとしたらなぜ?
次々と疑問が浮かぶ。それを裏付けるため、私はその気配に意識を集中していた。
その時、私に何かが掛かった。
何か?いや、違う。
これは……布?
風除けの布か?
どうして……?
私を慈しんでいる?
私の体を冷やすまいと…?
誰が……。一体……。
止まらない思考を、その「手」はぶつりと断ち切った。
優しい手だ。
冷たいが、温もりを知っている手だ。
それが、私の頭を優しく撫でる。
意味がわからなかった。
その「結論」にたどり着いたことも、それを裏付けさせるこの行動も。
何もかもが私を混乱させる。
どうして……?
やはり、あなたは……。
……。
「ながれ!!」
その声に、私ははっと目を覚ます。
眼前に映るのは久しぶりに見たカカシ先生の焦ったような表情だった。
「……せん、せ…?」
「よかった…。ここに倒れているのを見た時にはヒヤヒヤしたぞ…」
私はゆっくりと体を持ち上げ、辺りを見渡す。どこからどう見ても洞窟の中だ。だとしたらさっきのは……?
あの、温もりは……?
「よくこの状況で狼煙を上げてくれた。詳しいことは里で聞こう。動けるか?」
カカシ先生の優しい声が、耳に入っているのに反応できずにいた。
狼煙…?
私が?
そんなはずがない。
この体は疲労で動けずにいた。
そもそもこの洞窟にどう来たかさえ……。
それに……。
私の体からはらりと落ちたそれは、あれが夢ではないと悠然と主張する。
黒い、無地の布だった。
私はそれを救い上げ、徐に顔に寄せる。
幽かに、懐かしい匂いがした。
いっぱいいっぱいだった。
砂隠れの強襲。
雪城さんの死。
我愛羅くんの行動。
そして……。
「うっ……うぐっ……」
泣いてたまるかと思ったのに、瞳の奥はじんと熱くなる。きっとこんなこと、誰も信じてくれない。だから私は、ひたすらその布を抱きしめた。
「ながれ……」
不安そうなカカシ先生の声。私はただ首を振る。
気にしないでください。
構わないでください。
今だけは。
あの温もりを思い出していたいんです。
イタチさんの、温もりを。
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