068

「痛いのか?」

頭上から降るその言葉に私はなんて返せばよかったのだろう。びくりと跳ねる体が忌々しい。止まらない涙を見せてたまるかとぐいっと目元を拭って顔を上げる。

「ながれ…?」
「っ…!」

言葉が出ない。
そんなまっすぐ見ないでほしい。私は君を恨まなければならないのだから。じゃないと、ボロボロになってしまう。
なんで私はいつもこうして、大切な人に奪われるの。この想いはどこにやれば良いの。どうして私ばっかりーなんて、ただの弱音。

「我愛羅くんが…やったの…?」
「……」

ふいっと目をそらされて、怒りとともに安堵を感じる。まだ、大丈夫。きっと彼だって命令されたのだ。私と同い年なのに、こんな過酷なことを。だから、だからーー。
早く、逃げ道を探せ…。頭を回して、こじつけでいいから。

「怒る…か?」

彼が震える声でそういった。なんと返すのが正解なのかわからないから、何も言えずにいると、更に言葉がかけられる。

「…嫌わないで」

それは多分、彼の精一杯の謝罪だったのだと思う。だけれど、私にとっては引き金に過ぎなかった。カチリと引かれたそれはいとも容易く心を暴発させて、私はなりふり構わず彼に掴みかかっていた。


「違うだろ!!」


喉が張り裂けそうなほど声が張る。ビクついて揺らぐその目は明らかに不穏に瞬く。そんなのどうだっていい。殺すなら今殺してくれ。
胸ぐらを掴んで、勢い任せに組み倒すと、彼の背中に背負われた瓢箪が引っかかって、私が片膝を付く形になる。ちょっと不格好だなんて、もうそんなのどうでもいいのだが。

「嫌わないで?ふざけるな!!そんな一方的なことを言われても私にはもうどうにもならないことなんだ!!君は、奪った…!!奪ったんだろ私から!!!」

大切な人だった。
初めて父と呼んだ人だった。
そんな人を奪われた。
もう、何をぶつけているのかもわからない。割り切れるほど大人になれない。
これは怒りなのか、悲しみなのか、形をなさないただの感情の暴走なのか。せき止めることができない台風のように心の中を暴れまわるそれの名前を私は知らない。


「返せよ…!返して…。返せよお前が奪ったものだろ!!?」


情けないのなんて知ってるわかってる。あの人と再会した時も私はこうやって子供みたいに喚くのだろうか。返せって、無理なんて重々承知なのに。

私に責められて、押さえつけられて、それでも彼は何も言わない。何も言えないとわかっているからなのか、それとも黙らせる方法を探しているからなのか。どちらにしろ私にはそれすら気に入らなくて、だけど今の自分を客観視することもできて手を離す。彼と真正面からぶつかったら私も死んでしまう。それだけは避けなければならない。

「…わかってる…。我愛羅くんが、命令されてることなんて…。やらなければならないことを実行しただけだって…わかってるんだけどさ…」

ゆっくり息を整えて彼から離れる。我愛羅くんはずっと何もいってくれない。
あいも変わらず不思議なその目は一体今まで何を見てきたのだろう。あんなに容易く人を殺せるほどの人生を歩んできたのだろうか。それは、どれほど過酷だっただろうか。奪う重みはどれぐらいなのだろうか。奪われる重みと変わりあるのだろうか。私にはわからない、だけどこれから知らなければならないことなのだろう。いずれ私も彼と同じ場所に立つ。そういう道じゃないか。

「……我愛羅くんは、私も殺すの…?」
「………そういう、命だ」
「うん、そうだよね」

ゆらり揺らぐその目を見落としてはいけない。そうだ、彼の意思じゃない。根がすごく真っ直ぐで優しい子なんだ。彼を歪ませて、罪を押し付ける誰かがいる。恨むのは、そちらであるべき。

「本当に…君は私を殺すの…?」
「っ…!!」

ずるいと思う。私は彼が私に心を開いていることをわかっている。私を特別だと思ってくれていることも知っている。知っていて、それを利用するのだから。
私の任務は仇をとろうと無謀に立ち向かうことでも、成果を手にすることでもない。第一に、無事に帰還することなのである。ならば…、生き汚いと詰られても、私は生きる。

我愛羅くんは倒れた体を持ち上げると、瞼を下ろした。そしてため息を一つこぼしてからゆっくりと瞼を持ち上げる。

その時ー。


「我愛羅!どこにいる!!」

「っ…!!」
「くっ…」

遠くから聞こえる声と人の気配。真っ直ぐこちらに向かっている。これは想定外だ。人を向かわせるということは、我愛羅くんはそこまで信頼されていないのだろう。彼だけだったらどうにかなったかもしれないが、他者はどうしようもない。仕方ないと私はクナイを手にする。どうすれば逃げれるかだけを必死に考えながら。

「いけ」

その時、凛とした声が耳に届く。それを発したのは紛れもなく我愛羅くんだった。「なにを…」そう問いかける前に、彼に見据えられ勝手に足が動く。踵を返して、彼に背を向ける。無様でも、生きる方法を選ぶんだ。

「どう、して…」

望んだ結果だというのに釈然としない。これじゃあまるで、元からこうなる予定だったようじゃないか。…我愛羅くんは、最初から私を。
彼を押さえつけた手のひらが、熱を持ったような気がした。


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