066

岩陰の三つの影が飛び降りてくる。雪城さんの様子は気になるが、なんとか迎撃しなければ。私はクナイを引き抜き放つ、しかしそれはいとも簡単にいなされ、つい唇を噛み締めてしまう。

「ふっ…」

こんな小細工効かないとわかっていたが…私はクナイから手を離し印を組みはじめる。その時、左隣の雪城さんが小さく笑ったのが聞こえた。

「ふっ……は…っ。…はははははは!!」
「ゆ、雪城さん!?」

なにを思ったか高笑いをし始める雪城さんに気でも狂ったかと心配になるが、彼はひとしきり笑ってみせると私の頭をくしゃりと掻き撫でた。怒られると思っていたからこの反応は全くの予想外。

「星遁が打てない?そりゃそうだ!!もともと血継限界なんてそんな曖昧なもんだったよなぁ!」
「で、でも他の者は…みな打てます…」
「ちげぇよ、それはお前じゃなくて周りの奴がおかしかったんだ。それを当たり前だと思っていた俺らもおかしかった。ながれ、お前は何もおかしかねぇよ!」
「っ…!!」

言葉が出なかった。こんな風に私を肯定してくれた人なんて今までいなかったから。私自身だってずっと「私は変わってるんだ」「おかしいんだ」と思って生きてきたのに。思えばそうだ、血継限界というものは子孫全部に引き継がれるものじゃない。なんでそんな簡単なことに気づかなかったのだろう。私の両肩に乗っていた荷物がスッとなくなったような感覚。なんだか頭も冴えて、今なら凄いのが打てそう。
私は目元に浮かぶ涙を拭って再び印を組む。

「おう、そりゃ火遁だなぁ」
「はい、得意…というか唯一できる遁術です!」
「おお!いいじゃねえか、派手で花がある!」

「火遁・豪火球の術!!」

口から吐き出したチャクラの塊はボワっと火花を散らして凄まじい大きさで敵に迫る。私を警戒していなかったのだろう、その動揺は手に取るようにわかった。
当たれ…!!そう願った時、火の玉は何かにぶつかったようで弾けて消えた。何事かと身構えると、私の豪火球を遮ったそこに砂の壁が存在することに気づく。

「壁…!?」
「な…っ」

こんなにも「嫌な予感」がするのは、いつぶりだろうか。

何故だかそんな気がする。
わからない。脈絡がなさすぎる。それでも。

彼が、そこにいる気がするんだ。


風にさらわれるようにサラサラと崩れ落ちる砂壁の向こう側、酷く冷たい目をした君がそこにいた。


「我愛羅、くん」
「ながれ…」

彼が酷く悲しい目をするものだから呼吸ができない。なんで君がそこにいるの。なんで私たちは今向かい合ってるの。私は君の隣にいたかったのに。


「こっちに来い、ながれ」
「え…?」


白く華奢なその手が私に伸びてくる。
私に優しさをくれた手だ。私が慈しみたいと思った手だ。私が愛すると誓った手だ。


「我愛羅…くん、私は…っ」

雪城さんはなにも言ってくれない。なにも言えないんだと思う。私を信頼しているのか、それともその手にクナイが握られているのか。それはわからないけれど、裏切りたくないのは事実。でも、その手を取りたいのも…。

「もらった…っ」
「…ひっ!」

完全に油断をしていた私に追っ手のクナイが飛んでくる。しかしそのクナイは途中で隆起した砂の腕で弾き落とされた。伸ばした手を払うように動かしたのは我愛羅くんだ。
彼はふぅと息をつくと、手を後方に向ける。すると追っ手の三人の足元の砂が渦巻き始めた。ズブズブと砂は人を飲み込んでいく。

「あぁああうわああっ」
「この化け物が!!」
「なにをする貴様!!」


「失せろ」


三者三様の言葉を砂で閉じ込めて、そして拳を握るとその砂塊はぐっと密度を増したように思えた。
ぐしゃりと耳馴染みのない音がして、悲鳴はそこで途絶える。だらだらと砂漠を汚す赤い塗料に吐き気がこみ上げた。

「なんて野郎だ…。大丈夫か、ながれ」
「どう…して…」

雪城さんの声は耳に届いていた。しかしそれ以上に私は眼前の光景から目が離せなくて、つい疑問が口をつく。

なんで。
どうして。

そんなの甘えだ。
現実はこれなのだから。

「邪魔はいなくなった。だから、来い」
「どう、して殺したの…?仲間じゃなかったの…?」
「どうして…?」

彼の瞳が太陽に照らされて、淀んだ色で瞬いた。彼の目は不思議だ。強さも弱さも内包している。だから私は君の目から目が離せなかったんだ。


「ながれを、傷つけると思ったからだ」


なんて純然な言葉。
こんな真っ直ぐな彼を攻撃するなんて私には…。

「逃げろ」
「え…?」

気が動転する私を隠すように前に出た雪城さんは、外していた額当てをぐっと結び少しだけ口角を上げてみせる。それが強がりだとはわかっていた。

「でも!!か、彼は規格外です!!」
「そんなの見ていりゃわかる、伊達に場数は踏んじゃいねぇよ!」
「でしたら私がいた方が…。私ならまだ彼を説得する方法が…!!」
「信頼が裏切られた時、人は激しい恨みを覚える。…惨たらしく殺されるのは、嫌だろう」
「…っ、です、が…っ」


「うるせぇ!!!口答えすんな!!足手まといなんだよ!!」


知ってる。それが彼の優しさだってこと。
足手まとい…確かにそうかもしれない。でも、少なくともずっと彼と過ごしてきた私はわかる。恨まれ役を演じて私に踏ん切りをつけようとしてくれていること。

だから私は走り出した。
無様に背中を見せてでも、ここから逃げるために。

言い訳はしない。
私は敵を目の前にして、逃げたのだ。


「ゆき、しろさ…っ」


雪城コハク、彼一人を置いて。


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