065

物事はいつも私の知らないところで転がり始める。

「今すぐ出る準備をしろ…っ」

夕食を食べた後も帰ってこない雪城さんを心配しながら待っていると、突然宿の部屋に鬼気迫る表情をたたえる彼が飛び込んで来たかと思うとそう告げてくる。私よりもずっと体力のある彼がこんなに息を上げるなんて何があったのかと心がざわついたが、口を噤んでいつこういう事態に陥っても良いようにまとめておいた荷物を手に取る。雪城さんに「大丈夫です」の意を込めて頷くと、彼は部屋の窓に足をかけると飛び出す。私は一度扉の方を振り向いて、よくしてくれた宿の主人に心の中で謝りながら後に続いた。

「っ…!!」

既に追っ手の気配を感じ背中に汗が伝う。追われるというのは慣れない感覚だ、恐ろしさが胸中を支配しようと手を伸ばしてくる。それを必死に振り払いながら雪城さんの背中を追いかけた。

里の中をジグザグに走り回り、高い岩壁を乗り越えると、また漠然と広がる砂漠に気が遠くなる。これをまた戻らなければならない。それも来た時のように休みながらなんていうのは無理だ。できる限り速く、遠く。

「掴まれ!!」
「はい!!」

彼に手を伸ばすと体を抱えあげられる。チャクラコントロールが下手な私はこんな高いところから降りたら普通に怪我をしてしまう。それに比べて雪城さんはプロだ。彼は一切のためらいなく壁を飛び降りる。軽く着地した雪城さんは私を降ろすと真剣な双眸で見つめてきた。

「こんなことになるとは…悪いな」
「いえ、私は…。一体何があったんですか…?」
「それは…」

渋い顔をする雪城さんの言葉を数本のクナイが遮る。彼は太もものホルダーから取り出したであろう手裏剣でそれを全て撃ち落とす。やはり桁違いの動きだ…。
クナイの飛んできた方向、岩壁の上には三つの影が見える。あれが追っ手…?…予想以上に数が少ない。砂の里もことを大きくしたくないと言うことだろうか、それとも…。

「やはり里の力は借りねぇか…」
「里の力を借りない?と言うことは敵も訳あり…と?」
「はっ、やけに頭の回転が速いな。まぁつまりそう言うことだろうよ」
「茶化さないでください。それに…「やはり」ということは相手は雪城さんが知る人物なのですか?」
「そりゃあまぁ…超弩級のやつだな」

いつも飄々と笑ってみせる雪城さんが眉をしかめて苦そうな顔をするので言葉が出ない。私は気を引き締めてクナイに手をかける。

「ながれ」
「はい…」
「ここなら周りの被害もでねぇ」
「え…?」

「星屑のやつなら打てんだろ?星遁の術」

彼の口から始めて出た「星遁」という単語に息がつまる。この状況、星遁だけで解決できるわけではないが、打てると打てないじゃ大きく変わる。あれは目くらましにも一撃の奥義にもできる、こと戦闘において万能という括りに入れられるものだ。それはきっと私が一番わかっている。それでも私には…。

この任務に着く前、私はカカシ先生ととある約束をした。
それは「生きて帰ってくること」「雪城さんに迷惑をかけないこと」そして「星遁が打てないということを黙っていること」だ。
先生は暗部に「星屑家の娘」だと伝えたことでこの任務を貰ってきたらしい。それほどに星遁の存在は大きいのだ。だからこそ、こんなにも当たり前のように「打て」と言われるとは思っていなかった。

打てないことはわかりきっている。でもそれをどうやって伝えるべきか、それが重要だった。

「ながれ?」
「え、あ、その」
「どうした!敵は待ってはくれないぞ!!」
「その、そうなんですが!!」
「はっきり言え!!」
「私は…っ」

もう自棄だった。なんと言われようがこれは変わらない事実だから。言わなければ、失望されても。


「私は、星遁を打てません!!」


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