064

その日の雪城さんはどこか沈んだ表情をしていた。宿の部屋で互いの情報を共有し、いつもはその後「一緒にお風呂はいるか?」なんて冗談に笑って断ってからお風呂に行くのだけれど今日はそれがなくて、どこか物足りなさを感じる。どうしたんですか、と問いかけると「不確定要素が大きすぎる」と言うばかりで私には説明してくれない。それが、今まで感じたことがなかった始めての溝だった。
結局同じ部屋で寝泊まりするのに、私は雪城さんが机に向き合って考え込む姿を見つめて瞼を下ろすことになった。

翌日目を覚ますと雪城さんはすでに出かけているようで姿が見えなくなっていた。私の朝はひとりぼっちの朝食から始まる。
雪城さんのことは気になるけれど、日中どこにいるかを知らないのでいつも通りに公園に向かう。子供達の話や里の様子から現時点での風の国の様子はよくわかった。風の国は思った以上に不安定な様で、突如滞った経済面に国民からも不満の声が上がっている様だ。特に子供達の服装や外見などにそれは顕著に現れており、大人は外部から国を訪れた私を訝しげに見てくる。よそ者を受け入れないその状態で我が火の国と上手くやっていけるかと問われると甚だ疑問であり、私の目から見てもあまりお勧めできない。…ただ一人の小娘の意見など参考にはならないだろうが。雪城さんは私の見解に否定も肯定もしなかった。ただ一点を見つめて下唇を噛む姿が印象に残っている。

考え事をしながら公園に訪れると、いつもそこで遊んでいる子が私に歩み寄ってきてくれた。昨日ぶり、と挨拶しようとするといつのまにかそこにいたその子の母親が「だめ!」と声を上げる。そしてそのままその子に耳打ちをすると、私を異物を見る様な目で見て、子供の手を引いて公園を出ていってしまう。最後までその子は私の方を気にしてくれてみたいだけれど、気にしないでと手を振ることもできやしない。気がつくと公園にいるのは私だけで、広い空間に一人で佇む不安感は心を蝕んだ。カラフルな塗装をされた数々の遊具が今は恨めしい。こんなもの、あったって意味ないじゃないか。あの夜はあんなに空に近いと思っていた我愛羅くんと一緒に登った遊具が、なんだかちっぽけに見えた。

不意に視線をそらすと公園の隅の方にサボテンを見つける。小さくて丸くて可愛いのに、その鋭いトゲは誰も寄せ付けない。誰の目にもつかない様な場所で肩身を狭くしている姿が我愛羅くんに見えて、でもじきに私にも見えてきて自嘲的な笑みが漏れる。馬鹿らしいと一蹴してしまえば幾分か気が楽になる気がした。

それは多分偶然の産物なのだろう。
雪城さんの様子がなんだかおかしいなって思って、我愛羅くんは相変わらず国の人から疎遠にされていて、たまたまそれが自分にも当てはまって、風の国は不安定で、公園は閑散としていて、サボテンは寂しげにここにいるよと囁くから、積もりに積もったなんでもないことが、大きな漠然とした恐怖に変わる。

自分が思っていた強さなんて結局はその程度のことだったのだ。


「あい、たい…っ」


ポロリとこぼれた呟きは、形のないそれをゆっくりと形成して行く。
真っ先に頭に浮かんだオレンジ色の太陽の暖かさがなんで隣にないの、と声に出して嘆いていたらもっと楽だっただろうに。


back