059

現在の風の国は至って不安定である。
もともと砂漠の中にある国であり資源に乏しく、他国に貿易を申し出ても出せるものはほぼないと言った有様だ。国の上部からは軍縮を呼びかけられ、隠れ里は著しく弱体化。唯一の光明は磁遁を操り砂金という資金源を手に入れることができた四代目風影・羅砂であったが、最近ではその風影の不在が目立つようで、国政にも滞りが見られるようになった。木ノ葉からも援助を行っているが、反応はあまりよろしくない。そんなことが続く現状に疑問を抱いた三代目が暗部に潜入調査を依頼したわけである。

そして、私の任務は砂隠れの子供たちと交流することにある。子供というのは現状の写し身に近い。例えば食料が足らなければ子供たちの成長は遅くなるし、織物が足りなければ子供たちの服はお下がりのものとなるだろう。良くも悪くも純粋である彼らは嘘を知らず、表情も豊かで大雑把な民の状況を知るならば一番手っ取り早い。しかし、この方法を取れるのはあくまで子供同士だからだ。大人が子供から情報を手に入れようとすると周囲の大人からは訝しげに見られるだろうし、場合によっては情報どころではなくなるだろう。この任務に子供が必要だったのはそう意図があるそうだ。

「じゃあね、お姉ちゃん!!」
「うん!ばいばーい!」

早速話を聞かせてくれた子供たちは「もう帰らなきゃ!」と慌てて帰っていった。よく見るとその他の子供たちもせっせと帰宅準備を始めており、ここには共通の門限があるのだと悟る。
砂隠れの夜は砂漠であることから寒くなると雪城さんに聞いた。この門限もその関係であるだろう。それに街灯もあまりないみたいだし、夜は暗くなりそうだ。
私も適当に切り上げて帰ろうと思ったその時、「おい」と声をかけられる。

「え…?」

なんだろうと思いながら振り向くと、そこには深い隈で目元が縁取られた同い年ぐらいの男の子が立っていた。何を見据えているのかわからない不思議な目をしている。
男の子は何も言わず私に何かを差し出してくる。疑問に思いながら受け取ると、それは私のペンダントだった。

「え!?あ、ありがとう!!どこで落としたんだろ…」
「昼過ぎに一度風影邸前を通っただろう。その時だ」
「あー…全然気づかなかった…。ありがとう〜…本当に大切なものだから…」

私は慌ててペンダントを首にかける。あまりにも身につけてるのが当たり前すぎて気づけなかった。無くしていたら本当に悔いていただろうから、彼には頭が上がらない。

「チェーンが切れていた」
「え…?わざわざ、直してくれたの?」
「オレじゃない」
「でも拾ってくれたんだよね?」
「………」
「じゃあ、やっぱりありがとうだ!」

彼の手を取って感謝を告げると、ぴくりと肩を揺らしたのがわかった。嫌だった?と聞くと、「別に」と素っ気なく返されて首を傾げてしまう。砂隠れの子供達はみんな至って明るい子ばかりで、逆にこの子が浮いて見える。見た所、上質な織物を着ているから、むしろ裕福な方だと思えるのだが…。

「私星屑 ながれっていうんだ。今日ここに来たばかりなの」
「………」
「お父さんと旅をしながら物を売っているの。ねぇ、君は?」
「オレ、は…」


「我愛羅!!」


彼がゆっくりと口を開いたその時、大人びた女性の声が聞こえた。声の主は目の前の彼の後ろからこちらの走ってくるのが見える。男の子はさっきまでの戸惑った表情を消してそちらを振り向くと、小さく「テマリ」と呟いた。

「我愛羅!こんなところにいたのか!」
「………」
「って、誰だ…?!」

テマリと呼ばれた女の子は私を見つけたのか目を見開く。そして男の子をよそに私の近くに寄ると、耳打ちをしてくる。その声は少し焦りを孕んでいたように思えた。

「何かされていないか?怪我とか、大丈夫か?」
「え…?いえ、大丈夫ですけれど………」
「そ、そうか。いや、迷惑をかけたな」
「迷惑をかけたのは私の方です」
「…………お前、よその国から来たのか?」
「ええ…お父さんと旅をしてるんです」
「…なるほどな」

テマリと呼ばれた女の子は一瞬男の子を見やると、さらに声を小さくする。

「あれは弟の我愛羅だ」
「弟さんですか?」
「ああ…悪いことは言わない。あいつにはあまり近づかないほうがいい」
「え……?」

それだけ言うとテマリさんは私から離れて我愛羅くんに恐る恐る「帰ろうか?」と声をかけているみたいだった。なんだかその光景が姉弟には見えなくて思わずムッとしてしまう。家族は、仲がいいほうがいいに決まっている。

だから私は肺いっぱいに息を吸い込んで、去っていく背中に声をかけた。

「我愛羅くん!!また明日!!」

「な、ばか…!!」

テマリさんの驚いた声なんて今は気にしていられない。当の我愛羅くんは少しだけこちらを見て、消え入りそうな声で「ああ」と答えてくれた。それが嬉しくて私は大きく手を振る。ちゃんとした約束なんてしていないけれど、きっと明日も会える。そんな予感がしている。


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