058

「さぁ…ついたぞ。ここが砂隠れの里だ」

うだるように暑い砂漠を、いったい何日歩いたことだろう。目の前に現れた岩壁に、私は思わず深いため息を吐いた。私より重い荷物を持って、さらに時々私を抱えて歩いてくださった雪城さんは不思議なほどピンピンしており、体力馬鹿だということは出立1日目でなんとなく察した。
道中何度家に帰りたいと思ったことか。しかしそれはただの甘えだ。忍になるのなら、非情にならなければならない。分かっていても、ナルトくんのことを思うといてもたってもいられなくなってしまう。私が未熟だということは、誰よりも私が一番よく分かっている。

「大丈夫かぁ?」
「大丈夫です、お父さん」

大分慣れた呼称に、彼はニッと笑う。私もそれにつられて笑ってしまう。多分この笑顔も似ているのだろうなと思いながら、道中宿泊した宿のお姉さんに、「お父さんとそっくりね?」と言われた時のことを思い出した。あの時は嬉しくってひたすらに頷いていたっけ。

「んじゃま、ここからはただの遠足じゃなくなるからな」
「里を出た時から遠足ではなかったですよ」
「うははは!まぁ、それはそうだがなぁ!」

豪快に笑い飛ばす雪城さんは「だがなぁ」と表情を引き締めると、私に耳打ちしてくる。

「今までのが下準備なら、これから始まんのは正真正銘"任務"だ。何事もなく終わりゃあ、それはそれでいい。だが、この世の中そううまく行かねえもんでなぁ、鬼が出るか蛇が出るか。この任務、下手すりゃもっとバケモンが出るかもなあ」

じとりと耳を這う低音に、ぞくりと背筋が凍った。思わず彼から飛びのいて、距離を取ると、ニヤリと口角を上げてしっしっしとイタズラ好きの子供のように笑っている彼が目に入る。

「お、脅しましたね!?」
「かっかっか!!安心しろぉ、ながれ。鬼も蛇もバケモンだって、父ちゃんが倒してやっからなぁ!」

ドヤ顔で胸を張る彼に嘆息する。正直まだ少し心臓がばくばくいっている。
彼は冗談のように笑い飛ばしてしまったけれど、本当に何が出るかわからない任務だ、気を引き締めて行かないと知らず知らずのうちに足元が掬われているなんて笑えない。ここには班のみんなもカカシ先生もいないのだから…。

「よっしゃ、無駄話もここまでだな」
「そうですね、お父さん」

雪城さんは体一つぶんほどの大きなリュックを背負い直すと岩壁の隙間に向かって歩き出す。一応私たちは旅商人の親子という設定だから、そのリュックには様々な売り物が入っているらしい。
まぁ、その中身などはさして大切ではない。

「んじゃ、予定通り行くか」
「うん!」

私たちはおもむろに手を繋ぐ。
演技というものはわかる人にはわかるから、できる限り素でいいと言われた。その方がよっぽど疑われないと。

そして、それが他国に来たことがない私の場合…。

「うわぁ…すごい…」

意図せずとも警戒心を薄める要因となる。

砂隠れの岩壁を見上げながら溢れた言葉に雪城さんは楽しそうに笑って、見張りの男性に声をかけていた。
私できることはきっと少ないだろう。それでも、自分にできることを精一杯やるしかないんだ。


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