056

先生に言われた待ち合わせ場所で例の彼を待つ。先方から甘味処なんて指定を受けるとは思っていなかったし、こんなお店始めて来たものだから思わず肩身を狭くしてしまう。

まだかな…。店員さんに出されたお水をちびちびと口にしながら辺りを見渡していると、見覚えのある男性が暖簾をくぐって入って来た。

「あっ」

思わず声を上げると、その男性はこちらを向き、まっすぐ歩いてくる。そう言えばシスイさんやイタチさん以外の現役暗部の方に会うのはこれが初めてだ。今更その事実に気づいた私は言いようのない緊張に襲われた。

男性は机の上をちらりと見やると「あ」と声を上げる。何事だろう、何かしてしまっただろうかと心臓をうるさくさせていると、彼は向かいに座って私の目の前にメニューを差し出した。

「女っていうのは甘いものが好きだろう!好きなの注文しなっ」
「へ…?」

同期の犬塚キバほどではないが、少し鋭い糸切り歯を見せるようにニッと笑う姿に素っ頓狂な声が出てしまう。彼は豪快に笑ってから、「って、店の中だった…」と照れ笑いを浮かべながら周りのお客さんや店員さんに軽く頭を下げている。

「悪いなぁ!話は聞いていると思うが、俺が雪城コハクだ!」
「え、あ、はい、えっと、星屑 ながれです…」
「あー、話はよく聞いてるぜ嬢ちゃん!」
「カカシ先生ですか?」
「いいや、シスイだ」
「!!」

こんなところでその名前が上がるとは思っていなかったため、息がつまる。雪城さんは悪いな、と断りを入れてから、「でも」と切り出す。

「あいつの口から語られる嬢ちゃんはすげぇ記憶に残ってるんだよ。本当に心の底から大切だって感じでな」
「そ、そんな…っ、恐れ多いです…っ」

口では謙遜しながらも、心中は狂喜乱舞だった。こんなところでシスイさんの話を聞けたのはもちろん、そんな風に話してくださっていたなんて、本当に今の今まで知らなかったから。知れば知るほど好きになってしまうのだ、タチが悪い人だな、と笑うほどには余裕ができた。

「で、注文決まったか?」
「あ、えっと」
「ゆっくり考えな」

遅れてやってきた店員が、雪城さんの目の前に水の入ったグラスを置いて行く。「ご注文はお決まりですか?」という可愛らしい店員に、雪城さんは「また後で呼ぶ」と告げて、店員は頭を下げると厨房の中に下がって行く。

「ごめんなさい、お待たせして…!」
「ん?ああ、気にすんな気にすんな!こういう店来るの初めてか?」
「は、はい。同期の女の子に誘われることはたくさんあったんですけど、修練とか料理とかしなきゃならないこといっぱいあって…」

何度も私を「甘味処にいきましょ!」と誘ってくれたいのちゃんを思い出して申し訳なくなる。多分同期の女の子で一番仲がいいのはいのちゃんだ。あの時いっておけばよかったな、と後悔。

「いっぱい頑張ってきたんだな」
「え…?」

優しく声をかけられて手にしていたメニューから顔が上がった。穏やかに微笑む姿は私が求めていた父親の姿と重なって、涙腺が熱くなる。私、この人の娘のふりをするんだと思うと喜びと恥ずかしさで胸が苦しくなる。

「ありがとう、ございます」

赤い顔を見られたくなくてメニューで顔を隠すと、雪城さんは全てお見通しといった風に笑い飛ばした。


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