036

当てなんてない。
修練場以外に彼がいる場所なんて知らない。
家も知らない。よく行く場所も知らない。
わからない。
一つだけ知っているのは、彼と一緒に釣りをしたあの川だ。だから足は自然とそちらに向いていた。

私がこんなに泣きながら探していたのを知ったら彼はどんな顔をするだろうか。なんて言うだろうか。きっと頭を撫でてくれるだろうな、それは絶対だ。あと…わがままかもしれないけれど、抱きしめてくれると嬉しいな。
心配するなって言って欲しいな。それから、このペンダントを首にかけて欲しい。指輪がわりなんて恥ずかしいけれど、彼の手でかけてくれるならそれだけで、その思い出だけで生きていけそう。

だから。
お願いだから−−。


「っ!!」

うろ覚えの道をひた走り、やがて木々は晴れた。

「あっ…ぁぁあっ…」

目の前に広がる光景はまさしく夢のようで、私は口元を押さえてへたり込んだ。
数人の男が川から何かを引き上げているのが見える。いや、何かじゃない。私にははっきりわかっている。わかっているけれど、言葉にならないのだ。


違う。

違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。

あれは違う。
絶対に違う。
違う。
そうじゃない。
ありえない。
違う。違う違う。

何度も否定しても、目の前に広がる光景は変わらず、次第に否定は拒絶に変わって行く。

嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌。

理解する脳が憎い。
瞬きできない自分が憎い。
一歩も動けない。
駆け寄ることもできない。
なんで。嫌だ…。
嫌だよ…。


「まさか、瞬身のシスイともあろうものがな…」
「自殺、か」


「………」

逃れたいと願った現実が、目の前に叩きつけられる。男たちの声はやけにはっきりと私の耳に染み入った。しかしそれ以上に聞き捨てならない言葉に肩が揺れる。

自殺…?
シスイさんが…?


「は…。ははは……っ」

自然と漏れ出す笑いは涙と共に流れ落ちる。

まさか。
シスイさんが、自殺?

それこそ、ありえない。
あの人が自殺するなんて、私には考えられない。最後までこのペンダントを私に届けてくれた人が自ら命を絶つなんて、冗談にしてもお粗末すぎる。


ならば−−。

彼を殺した人。もしくは死に追いやった人がいるということだ。

この感情、どこにやればいい?
どこにもやれないなら、剣を取るしかないだろう。
絶対に見つけ出して、殺すんだ。私が、この手で。例えそれが、シスイさんの忍道から叛いていたとしても。やらなければ、私が壊れてしまう。

「待ってて、私、ぜったい、ころすから…」

クナイを片手にゆっくり立ち上がる。そして一歩を踏み出したその時、かしゃんとペンダントが地面に落ちた。慌てて手を伸ばすと、それが開いていることに気付く。まさかそんなギミックがあったなんて知らなくて、さすがシスイさんだなあと感心しながら手にすると、そこに紙が挟まっていることに意識が向く。

「これ…」

震える指で中を開くと、揺れる血文字で「忍」の一文字。

「あ…っ」

私の胸に刻まれたシスイさんの言葉が鮮明に蘇る。


"陰から平和を支える名もなき者"


「どうして…どうして止めるんですかっ、シスイさんっ、私はっ、私は憎いんです…っ」

あなたを殺したものが憎い。あなたを奪ったものが憎い。憎くて憎くて殺したくて、本当に殺さなきゃ私は保てないのに。どうしてあなたはそれを止めるの。

きっとあなたは怒るのだろう。
私が誰かを殺したのならば、憎しみに手を染めたのならば。ムッとした顔で叱るのだろう。私はそれに唇を尖らせていじけて、でもあなたが言うのならと身を引くんだろう。

だから…。

「っ…うぁ……ああぁ……っ」

私は泣き崩れることしかできなくなるのだ。

誰よりも、あなたが好きだから。


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