034

「うわっ、サスケくんボロボロっ」

アカデミーに遅めの登校をしたサスケくんは顔や手など、見えるところにたくさん絆創膏を貼った状態だった。慌てて駆け寄るとサスケくんは顔をそらしてしまう。周囲の女子の目が気になるが今はそれどころじゃない。

「サスケくん、あんまり無茶は…」
「無茶じゃない。兄さんが出来たんだ、だったらおれだって」

今にも泣きそうな顔でそう抗議する彼は、以前私が言ったことを忘れてしまったのだろうか。駄々をこねるようなその言葉に少しムッとした。

「来て!」
「は!?もう始業…っ」
「シカマルくん!!」
「うげ……。あいあい、なんだよ」

今は授業とかより、一人の友人の方が何倍も大切。私は相変わらず机に突っ伏して寝たフリをしていた彼を呼び起こす。シカマルくんは私とサスケくんの顔を見てさらにめんどくさそうに眉をしかめた。

「先生に適当に取り繕っといて!!」
「お前、簡単に言うけどなあ…」
「私、信じてるからね!!」

きっとシカマルくんならいい感じに言い訳しておいてくれるはずだ。だから、なんの気兼ねもなくサスケくんを教室から連れ出した。

「シカマル、だいじょうぶぅ?」
「チョウジ…、大丈夫に見えるのか?」
「ううん、全然」
「めんどくせぇ…」



「おい、ながれ!授業…っ」
「黙ってて!!」
「っ!何をそんなに怒ってるんだよ…っ」
「怒って…っ」

怒ってなんかいないって言おうと思ったのに、湧き上がっていた感情はやっぱり怒りで、口を噤むことしかできなかった。本当になんでこんなに怒ってるんだろう。頑張ることはいいことだというのに。

「ごめん…」

燃え上がっていた感情は一気に冷めて、私は彼の手を離した。今度は逆にサスケくんが私の手を掴み、いこ?と促してくれるが足は動かない。今は言いたいことを整理するので精一杯だった。

「ながれ…」
「あのね、違うの…。サスケくんがイタチさんみたいになりたいって気持ちはわかるけど…」

それはきっと私が星遁が使えるようになりたいと思う気持ちと一緒だ。だけれど、それがどれだけ過酷なことか私はよく知っている。

「私は、サスケくんにはサスケくんでいて欲しい。イタチさんを目指すのはいいことかもしれないけれど…彼みたいにっていうのはやっぱり違うと思う…」
「…………別に、兄さんみたいになれるなんて思ってない。でも…っ、おれは、兄さんに追いつかないといけないから…っ」
「それって、本気で言ってる…?」
「当たり前だろ!おれはもっと頑張って兄さんに追いつかないと…っ」
「っ!!」

何にも、わかってない。
私の言葉、何も伝わってない。
追いつかないとってなに?
それって彼のようになろうとすることと何が違うの?
サスケくんはサスケくんじゃダメなの?

ー私より才能があるくせに。
ーー私より強いくせに。
ーーー私より優秀で、努力次第でもっと強くなれるくせに。

これはきっと、彼のためじゃない。


パァンッ!


私の、ためだ。

「ながれ…?」

手のひらがジンジンと痛む。どうやら私は衝動的にサスケくんの頬を叩いていたらしい。彼は少し赤くなった頬を押さえて呆然と私を見ていた。その顔もぐにゃりと歪む。

「っ、ひっ、うっ…」
「なんで、ながれが泣いてるんだよ…っ」
「そんなの、サスケくんが、分からず屋のバカのウスラトンカチだからでしょ!?」
「ウス…っ」
「全部……っ」

ああ、こんなこと言いたくない。
嫌だ。失いたくない。嫌われたくない。
わかってる。わかってるのに。


「全部、全部っ全部全部全部全部全部ぜんぶっ!!サスケくんは、持ってるくせにっ!!」


言葉も涙も、何もかも、止まらない。
嗚咽を何度も吐き出して、もうまともに言葉を発せれる気がしなかった。
サスケくんは怯えた表情で何度も何度も「ごめん」と謝っていて、それがさらに胸に突き刺さる。謝るのは私だ。

「ごめん、ながれ、おれ」
「っ、ひぃっ、ぅっ、はぁっ、ふっぐっ」
「ながれ…っ、ごめ、おれ、やだ…っ、きらいにならないでっ」

それも私のセリフだ。でも言葉は形にならないからただ首を振る。嫌われるのは私の方、こんなただの嫉妬でサスケくんをひどく傷付けた。
最低だ。酷い。私だったらこんなやつ嫌いになる。

たどたどしく私を抱きしめるサスケくんの腕はずっと小刻みに震えていた。なぜかそれが私を安心させる。サスケくんも私のこと失いたくないって思ってくれているのかな?なんて自分勝手にも程がある。


「ごめっ…サスケくん…っ、ほっぺ、痛かった…?」

しばらくグズグズと泣いて、やっと口に出たのはそんな言葉だった。サスケくんはヘラっと笑うと「ちょっとだけな」と言ってくれて、心が軽くなる。

「本当に…ごめん…。気付いたら、手が出てた」
「おれもごめん。ながれはいつもおれを見てくれてたのに、わがまま言ってた」
「い、今のは…完全に私の自己満足」
「え…?」
「だって、私と違ってサスケくんは強いのに、無茶ばっかりなんだもん」
「ながれ、いつもそんなこと思ってたのか?」

今更取り繕うなんてバカみたいで、私は唇を尖らせる。

「あったりまえじゃん!?私は落ちこぼれだけど、サスケくんは才能があるでしょ!?妬むに決まってるじゃんか!!」
「なんだよ、そんなことかよ…」
「そんなことって、私には結構重大な…っ」
「大丈夫だって」

ヘラっとサスケくんは笑って拳を突き出してきた。傷だらけの努力の証だ。

「おれがすっげえ強くなって、ながれも守るからさ!」
「っ…!!も、もう好きにして!!」

焦らずに強くなればいいのに、そう言われてしまうと何も言えなくて、彼の拳に自分の拳を重ねる。
きっと私は置いていかれたくなかったんだ。ひとりにしないで欲しかった。イタチさんみたいになりたいと願う姿は自分のようなのに、彼は本当にイタチさんに追いつけてしまいそうだったから…怖かった。

「いいけどさぁ、サスケくん?ボロッボロになるまで無茶するのやめてよね?」
「だから、無茶じゃねーって」
「もう一発欲しい?」

手のひらをひらひらさせながら言うと、彼は頬を引き立つらせて首を振った。分かればよろしいと手を下ろせば、彼は「母さんの十倍怖い」とため息をつき、それが面白くて吹き出すと、彼も声を上げて笑った。

「じゃあ、戻ろっか」
「ながれのせいで大遅刻じゃんか」
「ごめんってば!!」

二人で戻って、とりあえずイルカ先生に謝って、それから私はシカマルくんにも謝らないと。
なんだかサスケくんとなら怒られるのも怖くないような気がして、足取りは軽い。
私も、自分のペースで強くならなくちゃ。


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